たいようのはな。四章:さくらの想い。

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登場人物

桐崎 晃汰(きりさき こうた)
 東京の大学へ通う大学生。
 写真が趣味であり、そのレベルはプロになるには一味足りないといった具合。
 現在、スランプ。
 いつからか原因不明の頭痛に悩まされるようになるが、すぐに治まるため深刻には考えていない。
 紗奈のことを大切に思っており、何かあればすぐに大丈夫かと訊ねるほど。

「今回の旅行で紗奈の写真もたくさん撮るつもりだから、頑張って慣れようね」

沢渡 紗奈(さわたり さな)
 晃汰の恋人で、同じ大学へ通っている。
 白という色を好み、晃汰の撮る写真に惹かれ、付き合うことに。
 とても恥ずかしがり屋な性格で人見知り。
 初めての人と出会うと晃汰の背中に隠れるほど。
 丁寧な言葉づかいとふんわりとした性格から、小動物のような雰囲気を持つ。

「そ、そういう恥ずかしいこと言うの、禁止、です」

双海 夏希(ふたみ なつき)
 晃汰の幼馴染。
 晃汰のいない間も彼の祖父母に何度もお世話になっている。
 演劇サークルに所属しており、主役を張るほどの演技力を持つ。
 さっぱりとした性格と腰まであるポニーテール、豊満な体つきが特徴。

「よろしくね、紗奈ちゃん。
アタシのことは夏希さんでも夏希ちゃんでも好きなように呼んでいいから」

桐崎 清次(きりさき せいじ)
 晃汰の祖父。ぶっきらぼうな喋り方をするが、性格は優しく、晃汰のことを大切に思っている。
 愛煙家であり、お気に入りの銘柄はピース。
 事故で息子夫婦(晃汰の両親)を亡くしている。

「おう、晃汰か。またでかくなったな」

桐崎 しの(きりさき しの)
 晃汰の祖母。常に人を安心させる笑みを浮かべ、その笑みに負けず劣らず優しい性格をしている。
 プロ顔負けな料理の腕をもつ。

「ふふふ、晃汰の祖母の桐崎しのです。お婆ちゃんでいいよ、紗奈ちゃん」

※清次としのは誰かが兼ね役でお願いします。

配役(1:2:1)かぶり(1:1:0)
晃汰:
紗奈:
夏希:
ナレ:

被り
清次:
しの:

四章:さくらの想い。

晃汰:夢の中、僕は紗奈との幸せな時間を繰り返す。
触れた指先から伝わる温もりも、僕を見て嬉しそうに微笑む笑顔も、
そのどれもが愛おしくて、そのどれもが、僕の胸をざわめかせる。
それがなぜなのか、僕は答えを知らない。

​ 

晃汰:たいようのはな。四章:さくらの想い。

​ 

SE:虫の音(フェードイン)

夏希「コウちゃん!? コウちゃんってばっ!!」(晃汰が心配なので、結構必死。フェードイン)

SE:ガバッ!!(晃汰起き上がる

晃汰「っ!! 紗奈っ!?」

夏希「……コウちゃん、女の子の名前を間違えるなんて、最低なやつがすることだよ?」

晃汰「な、夏希……?」

ナレ:夢から覚めた晃汰の前には、機嫌を損ねている夏希の姿があった。
あたりを見回すと、青みがかった薄闇が今がまだ早朝であることを彼に伝えた。

晃汰「えっと、なんで夏希が?」

夏希「昨日言ったじゃん。『また明日ね~』って。
それで来てみたら、コウちゃん、すっごいうなされてるんだもん。
……大丈夫? すごい寝汗かいてるけど」

晃汰「あぁ、本当だな……。大丈夫。いつものことなんだ」

夏希「いつも、なの?」

晃汰「あぁ、いつからか、ずっとこんな目覚め方だよ。いつつ……」

夏希「どこか痛むの?」

晃汰「軽い頭痛。これもいつものことだから。大丈夫、すぐに落ち着くよ」

ナレ:夏であるにも関わらず、晃汰の体は骨の芯まで凍りつくほど冷えていた。
唯一、頭の奥だけが燃えるように熱く痛む。

晃汰「ふぅぅぅ……」(落ち着くための深呼吸)

夏希「悪い夢でも、見たの?」

晃汰「いや、紗奈との思い出を見てた、と思うんだけど」

夏希「はああぁぁぁぁぁぁぁぁ、あっそう。朝からのろけるのやめてくんない?」(茶化し)

晃汰「お前が聞いてきたんだろ」

夏希「そうなんだけどさぁ。
そんだけ酷い目覚め方の癖に、見ていた夢は紗奈ちゃんとイチャイチャしてた夢なんでしょ~?
なんか心配して損した気分だよ」

ナレ:晃汰は枕元に置いておいた眼鏡をかけると、再び夏希へと視線を戻した。

晃汰「それで? 今、何時だ?」

夏希「え? 六時すぎだね。おはよう、コウちゃん。今日もいい天気だよ」

晃汰「あ、あぁ、おはよう……。
で、どこの世界に六時過ぎに来るやつがいるんだよ」

夏希「はっ!! 双海夏希三等兵でありますっ!!」(敬礼つき)

晃汰「……馬鹿なのか?」

夏希「いやぁ、昨日舞台が近いって言ったじゃん?
それで夜通しずっと台本読みしてたんだよ」

晃汰「あぁ、寝てないのか」

夏希「ナチュラルハイってやつだね!
それで台本読みにもちょっと飽きたし、コウちゃんとこ行こうかなーって」

晃汰「それで、今か」

夏希「うん!!」

晃汰「馬鹿だろ」

夏希「馬鹿じゃないよ」

晃汰「じゃあ、阿呆だ」

夏希「阿呆でもないよ」

晃汰「ふわぁ~、まあ、いいや。昔からお前はそういう奴だったし。
僕はシャワー浴びてくるよ。寝汗で気持ち悪い」

夏希「了解であります!」

晃汰「まだ続けるのか、それ。
あ、ついでに、さっきので起きてるかもしれないけど、紗奈が隣の部屋にいるから声かけといてもらっていいか?
先に居間で待っててって」

夏希「OK、夏希ちゃんにおっまかせ~♪
まだ寝てたら、耳元で『きゃ~、いや~ん、やめてぇ~。コウちゃんには紗奈ちゃんっていう人が~、あ~れ~』ってやるから」

晃汰「やめろ」(じと目)

夏希「にしし、冗談に決まってるじゃん」

晃汰「お前は冗談を本気でやる奴だろ。とりあえず、頼んだぞ」

夏希「了解であります!! 上等兵殿!!」

晃汰「はぁ……」

SE:足音

ナレ:晃汰の背中を見送った夏希は、隣の部屋とを隔てるふすまへと視線を移す。

夏希「ふぅ、さ・て・と、大役を任されちゃったなー。どうやって起こしたものか」

SE:ザアァァ(ふすまを開ける音)

夏希「ねえ、紗奈ちゃん。どうやって起こしてほしい?」(意味深)
(実際には、蒲団が敷かれているだけで、紗奈はどこにもいない)

 

SE:足音

晃汰「ふぅ、さっぱりした」

ナレ:熱いシャワーを浴び、全身に纏わり付く不快感を洗い流した晃汰は、居間へとやってきた。
清次と夏希、そして紗奈がちゃぶ台を囲んでいる。
台所から聞こえる音から、しのが朝食の準備をしていることが分かった。

SE:新聞をめくる音

清次「ん、晃汰か、おはよう」

晃汰「おはよう、爺ちゃん」

清次「ん」(新聞に意識を戻す)

夏希「はむっ、はぐはぐ、ずぞぞぞ……」

晃汰「……夏希、お前は一緒に食べようという気はないのか?」

夏希「ん? ほんはほふひひひっ、ぶっ」(そんなの無理にの途中でむせる)

晃汰「うお、汚いな。口の中に入っている時に喋るなって、昔から言ってるだろ」

夏希「ごくっ、ごくっ、いやあ、ごめんごめん。ちょっとむせちゃった。
それでは改めまして。そんなの無理に決まってるじゃん。
こんなに美味しそうな朝食を前にして我慢することができるというのか、いやできはしない。
それはこの朝食に対する冒涜であり、お婆ちゃんに対する冒涜でも……」

晃汰「もういい、もういいから」

夏希「ん? そう? んじゃ、食事に戻るねん。はぐはぐっ、もくもく」

晃汰「はぁぁぁ……、あいかわらず、女を捨てたかのような食べ方だな……」

紗奈「おはようございます、晃汰くん」

晃汰「おはよう。紗奈は誰かさんと違って落ち着くなぁ」

SE:紗奈の隣へ移動して座る

晃汰「っと。夏希に声をかけるよう言っておいたんだけど、なにか変なことされなかった?」

夏希「ん!? なんだよ、それー」

紗奈「ふふふ、大丈夫ですよ」

SE:しのが台所から顔を出す

しの「晃汰、おはよう」(台所から居間を覗きながら)

晃汰「おはよう」

しの「すぐご飯よそうから、待っててね。紗奈ちゃんも」

紗奈「はい」

SE:しの台所へ戻る

晃汰「今日は味噌汁に、卵焼きに、お、僕の好きな金平ごぼう」

紗奈「きんぴら、好きなんですか?」

晃汰「子供の頃から大好きでね。特に婆ちゃんの作った金平ごぼうは絶品なんだから」

SE:足音(しの戻ってくる)

しの「ふふふ、そんな特別なものじゃないよ。

はい、晃汰、紗奈ちゃん」

SE:コト、コト(茶碗を二人の前におく)

紗奈「ありがとうございます」

晃汰「それじゃ、いただきます」

夏希「ごちそうさまでしたー!!」

晃汰「……、夏希……」

夏希「ずずず、ん? なに? コウちゃん」

晃汰「はぁ、もういいよ……。これ以上つっこんでも不毛なだけだ……」

夏希「変なコウちゃん。あ、お婆ちゃん、今日もおいしかったです!」

しの「お粗末さま」

夏希「頼んでおいたやつ、出来てますか?」

しの「もうすぐ出来るよ」

夏希「ありがと、お婆ちゃん」

晃汰「ん? お前、婆ちゃんに何か頼みごとしてたのか?」

夏希「んふふー、まだ秘密だよん。とりあえず、先に朝食すませたら?
あ、そうそう、お腹いっぱいにしないでね。紗奈ちゃんも」

紗奈「は、はい、分かりました」

晃汰「ま~たなにか良からぬことを企んでるんじゃないだろうなぁ」

夏希「まあまあ、今は気にせずに、お婆ちゃんの朝ごはん食べなよ」

晃汰「企んでるのは否定しないのか……」

夏希「にひひひ」

晃汰「……はぁ。とりあえず、食べるか。改めて、いただきますっと。
ぱくっ、んー、旨い……。久しぶりだなぁ、この味」

紗奈「本当にこの金平ごぼう美味しいですね」

晃汰「でしょ? 太目のごぼうの歯ごたえがたまらないんだよ。
これがあれば、ご飯三杯はいけるね」

紗奈「ふふふ、晃汰くん、子供みたいです」

晃汰「え、そうかな」

紗奈「はい」

晃汰「婆ちゃんの作ってくれた朝ごはんもおいしいけどさ。
紗奈の作った朝ごはんも、いつか食べてみたいな、なんて」

紗奈「え、あ、そういう恥ずかしいこと言うの、禁止、です……」(深読みして頬を染める)

晃汰「……あっ、いや、ごめん、そうじゃなくて、ただ、ほら、その」

紗奈「うぅぅ……」

夏希「あー、今日も暑いなー。本当に暑いなー。今年一番暑いんじゃないかなー。
もうほんっと朝から暑くてかなわないなー」(わざとらしく、茶化すように)

晃汰「っ、ずずず……」

紗奈「もぐ……」

SE:カチャ(箸をおく)

晃汰「ごちそうさま」

紗奈「ごちそうさまでした」

夏希「もー、おっそーい、待ちくたびれたぞー!」

晃汰「お前な、朝飯を食べるのが目的だったんなら、食べ終わったらゴロゴロ寝っ転がってないで帰ればよかっただろ?」

夏希「いやいや、そういうわけにもいかないんだなぁ。
今日は、コウちゃんが居ない間に新しくできた観光名所に、お二人をご招待しようと思ってね」

晃汰「それが企んでいたことか。というか、新しい観光名所ってなんだよ?」

夏希「ふっふっふー、これがすんごいんだから」

晃汰「紗奈、どうする?」

紗奈「私ならお付き合いしますよ。
それに晃汰くんの知らない所なら、もしかしたら、いい写真が取れるかもしれませんよ?」

晃汰「あー、それはあるかも。うん。それじゃ夏希、お願いするよ」

夏希「にひひ、そうこなくっちゃ。
お婆ちゃーん、もうそろそろ準備できましたー?」(台所へ居る祖母へ)

SE:足音

しの「ふふふ、ちゃんと出来ましたよ」

晃汰「ん? その風呂敷なに? お弁当?」

夏希「ノンノン、これハお弁当じゃなくテ、おつまみデース」(片言エセ外国人風)

しの「金平ごぼうも入れておいたからね」

夏希「いや~ん、お婆ちゃん、ありがとーっ!」

晃汰「つまみ……、こんな時間から飲むのか?」

夏希「そりゃあ、あそこに行くんならね~」

晃汰「……いったい何が出来たんだ……」

紗奈「なんでしょう……?」

夏希「んーふーふー? 気になる~? 気になりますか~? 気になっちゃいますか~?」

晃汰「その顔やめろ、むかつくから」

SE:新聞をたたむ音

清次「夏希ちゃん、あそこに行くんなら梅酒持ってくか?
前に言ってたヤツを、昨日あけたんだ」

夏希「うわ、本当ですか。ありがとうございまーす!
私もいくつか持っていこうと思っていたんですけど、助かります」

清次「はは、ちょっと待ってな」

SE:台所へ移動

夏希「にひひ~、二人とも驚くと思うよ~?」

晃汰「そんなに煽るなら、いい加減教えろよ」

夏希「いやいやいやいや、それをアタシの口から教えちゃったらおもしろくないじゃん。
自分の目で確かめてもらわないとさぁ」

晃汰「む……。夏希のくせに生意気だな。
というか、お前、こんなことしてないで、舞台の練習をしたほうがいいんじゃないか?
本番が近いって言ってただろ?」

夏希「ああ、だいじょぶだいじょぶ。そのへんはちゃ~んとしてるよ」

晃汰「本当か~?」

夏希「ほんとほんと。近いうちにチケット持ってくるからさ、ちゃんと二人で見にきてね。
来なかったら、コウちゃんのはっずかし~過去を紗奈ちゃんに暴露しまくるから」

紗奈「あ、気になります!」

晃汰「やめろ、行く、行くから。だから、黙ってろ!」

夏希「にゅふふ、約束だからね♪」

SE:ガララ

夏希「それじゃいってきまーす!!」

 

ナレ:群青の青空の下、夏希の案内で、新しく出来たという観光名所へと三人は歩きはじめた。
晃汰の持つ小ぶりのクーラーボックスの中には、小分けされた梅酒とともに、夏希が用意していたビールなどが何本も入っている。

紗奈「それにしても残念でしたね。お爺さんもお婆さんも今日は用事があるなんて」

晃汰「まあ、仕方ないよ。病院にいかないといけないみたいだし」

夏希「その分アタシたちが楽しもうよ。さあ、ついてきてね。レッツゴーゴー!」

晃汰「ちょっと待てよ、夏希! これ重いんだからっ!!」

夏希「なに? 乙女に荷物を持たせるつもり~?」

晃汰「お前のどこが乙女なんだよ!?」

夏希「え? おっぱい?」

晃汰「持ち上げんなっ!!」

夏希「揉む?」

晃汰「っ!? 紗奈の前で馬鹿なこと言うなっ!」

紗奈「……揉まないんですか?」(冷たく)

晃汰「ぼ、僕は、紗奈一筋だって……」

紗奈「くす、冗談ですよ。手伝いましょうか?」

晃汰「……っ、大丈夫」

紗奈「くす、男の子、ですね」

晃汰「……ん。(照れくさいので、話をそらすように)
夏希ー、この先って広いだけの公園くらいしかないと思うんだけどー?」

夏希「んー? 新しい観光名所ってそこだし」

晃汰「はあ? どういうことだよ」

夏希「まあまあ、楽しみは取っておかないと。ね、紗奈ちゃん」

紗奈「はい!」

晃汰「なんか仲良くなってる? 二人とも」

夏希「段々紗奈ちゃんに慣れてきたからね~」

紗奈「ふふふ、ね~」

晃汰「まあ、いいんだけどさ。よっと」

SE::ガシャ(クーラーボックスを持ち直す音)

ナレ:真夏の日差しに背中を焼かれながら、三人は大きな緑地公園へとやってきた。
晃汰は汗をぬぐいながら、前を歩く夏希へと声をかける。

晃汰「懐かしいなぁ。ここで毎日走り回って、遊んでたよな。
鬼ごっことかかくれんぼとかさ」

夏希「コウちゃんが、鬼ごっこでぜんぜん捕まえられなくて、泣きながら追いかけたり」(茶化し)

晃汰「ちょ!?」

夏希「かくれんぼで見つけてもらえなくて、泣きながら家に帰ってきたり、色々あったよね~」(茶化し)

晃汰「お前なぁっ!!」

紗奈「くすくす、晃汰くんって泣き虫さんだったんですね」

晃汰「こ、子供の頃の話だよ!?」

夏希「え~? そうなの~? 小学校、中学校、高校と卒業式で毎回泣いてたくせに?」(わざとらしく)

晃汰「夏希いいいっっ!!」(夏希に向かって走る)

SE:ガシャガシャ(クーラーボックスの音)

夏希「ニャーッハッハ、コウちゃんがアタシを捕まえようなんて、百億光年早いね」

紗奈「ふふふふ」

晃汰「ぜぇぜぇ……、暑い……。死ぬ……」

夏希「ほらほら、もうちょっとでつくから。ファイトー!」

晃汰「はぁはぁ、にしても、どこまで行くんだよ。
公園の奥にあるのなんて、広場と誰も使わない野外舞台くらいだろ?」

夏希「そ・こ・が、新しい名所なんだなぁ♪」

晃汰「はあ?」

ナレ:三人は林の中に敷かれている遊歩道を歩きながら、公園の奥へと向かっていく。
木陰の中をしばらく歩くと、芝生が敷き詰められた広場へと辿り着いた。
その奥には、遠目に野外舞台が見える。

夏希「お、今日は貸切みたいだね」

晃汰「本当にここが観光名所なのか?」

夏希「もうちょっと近づいてみたら分かるよ」

SE:足音

晃汰「……これ、は」

紗奈「ふあぁ……」

夏希「どう? すごいでしょ?」

ナレ:三人の前では、真夏であるにもかかわらず、満開の桜がはらりはらりとゆっくりと花びらを散らしている。

晃汰「これは……、絵、なのか?」

ナレ:野外舞台の壁一面に描かれた大きな桜の絵。
その描かれた桜の絵が、まるで本物の桜のように散っている。

夏希「へへ、二年前の春だったかな、こんな辺鄙なところに画家さんがやってきてさ、
ちょうど暇してたアタシが、少し村を案内してあげたんだよ。
それでこの村に桜がないって知ったら、画家さんが『お礼に桜をプレゼントするよ』って」

晃汰「それで、この絵、かよ……」

ナレ:晃汰が恐る恐る、花びらを掴もうと手を伸ばす。
しかし、指先は壁に阻まれ、花びらに触れることは出来ない。

夏希「すごいよねぇ。
描いてる所を少し見てたんだけど、魔法みたいだったよ。
筆が動くたびに花がどんどん咲いていくんだ」

紗奈「うわぁ、見てみたかったです」

夏希「ただ、ちょっぴり変わった人でさ、描いている途中、ずっとこの桜の絵に語りかけてたんだ。
まるで、そこに誰かがいるみたいに『さくら、綺麗だな』って」(このさくらは人名なので、アクセント注意)

紗奈「桜の精とお話でもしていたんでしょうか?」

晃汰「あぁ、そうかもしれないね。
桜の精がいてもおかしくないくらい、この桜は見事だよ……。
それで、その画家の名前は?」

夏希「いやぁ、聞いたはずなんだけど、ごめん、忘れちゃった。
でも、こんだけすごい絵を描くんだもん。そのうち有名になって、分かるんじゃないかな」

紗奈「きっと有名になりますよ!」

夏希「しかも、この桜は一年中咲いているんだ。だから、いつでもお花見ができるんだよん。
特に雪が降っている時に見る桜はすっごく綺麗で……って、コウちゃん!? なんで泣いてんの!?」

紗奈「晃汰くん!?」

晃汰「え……、あ、あれ……? なんで、だろ……」

ナレ:桜の絵を描いた『彼』の思いが、晃汰の心へと染み込んでいく。
優しさ、悲しみ、切なさ、愛情。
指で何度拭おうとも、ぼろぼろと涙はこぼれ続ける。

紗奈「晃汰、くん……?」

晃汰「わからない、わからないけど、涙が止まらないんだ……。(魅せられ、我を失っていく)
あぁ、この桜は、永遠なんだ……。ずっと、ずっと咲き続けるんだ……。
『君が居なくなっても、僕は君を愛している』と……」(呟くように)

紗奈「え……?」(晃汰の言葉にドキリとする)

晃汰「っ、あ、ごめん。なんか、そんな気がしたんだ」(我に返る)

紗奈「謝る必要なんてないですよ」

晃汰「あ、そうだ、写真……」

紗奈「きっと、素敵な写真が取れますよ」

ナレ:晃汰は首にかけていたカメラを構えると、いつものように、最も美しくなる瞬間を待つ。
しかし、それは思いもよらないものだった。

晃汰「っ!?」

SE:カシャッ!!

晃汰「今、のは……」

紗奈「どうかしたんですか?」

晃汰「なん、だろう……。僕にも桜の精が、見えた気がする」

紗奈「本当ですか!? どんな恰好をしていました?」

晃汰「二人いたんだけど、一人は髪の長いかわいらしい女の子だったよ。高校生くらいかな」(散りゆく桜のさくらのこと)

紗奈「もう一人は?」

晃汰「もう一人は……、紗奈にそっくりだった」

紗奈「っ!?」

晃汰「それも、すごい悲しそうな目で、僕を見てた」

紗奈「そう、ですか」
(この時、晃汰に見えた桜の精は本物の紗奈。晃汰によって作られた紗奈は、本物の紗奈が悲しんでいることをこの時に知る)

晃汰「なんだったんだろう、今のは……」

夏希「おーい、コウちゃーん! 写真もいいけど、お花見しにきたんだから、お花見しようよー!!
早くしないと、お婆ちゃんが作ってくれた料理、全部食べちゃうぞー!!」

ナレ:視線を移すと、夏希がブルーシートを広げ、花見の用意を終わらせていた。

晃汰「ああ、わかった! さあ、行こう。現像したら、もしかすると、写ってるかもしれないよ?」

紗奈「そう、ですね……」(元気がない)

晃汰「紗奈……?」

紗奈「あ、すみません。ちょっと暑くて」(嘘)

晃汰「今日も暑いからね。すこし影で休もうか」

紗奈「はい……」

晃汰:この時の写真に、桜の精は写ってはいなかった。
あれは僕の気のせいだったんだろうか。
それにしても――。
どうして、あんな悲しげな瞳で、僕を見ていたんだろう。

 

つづく

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