たいようのはな。最終章:たいようのはなたち。

目次

登場人物

桐崎 晃汰(きりさき こうた)
 東京の大学へ通う大学生。
 写真が趣味であり、そのレベルはプロになるには一味足りないといった具合。
 現在、スランプ。
 いつからか原因不明の頭痛に悩まされるようになるが、すぐに治まるため深刻には考えていない。
 紗奈のことを大切に思っており、何かあればすぐに大丈夫かと訊ねるほど。

「今回の旅行で紗奈の写真もたくさん撮るつもりだから、頑張って慣れようね」

 

双海 夏希(ふたみ なつき)
 晃汰の幼馴染。晃汰のいない間も彼の祖父母に何度もお世話になっている。
 演劇サークルに所属しており、主役を張るほどの演技力を持つ。
 さっぱりとした性格と腰まであるポニーテール、豊満な体つきが特徴。

「よろしくね、紗奈ちゃん。
アタシのことは夏希さんでも夏希ちゃんでも好きなように呼んでいいから」

 

桐崎 清次(きりさき せいじ)
 晃汰の祖父。ぶっきらぼうな喋り方をするが、性格は優しく、晃汰のことを大切に思っている。
 愛煙家であり、お気に入りの銘柄はピース。
 事故で息子夫婦(晃汰の両親)を亡くしている。

「おう、晃汰か。またでかくなったな」

 

桐崎 しの(きりさき しの)
 晃汰の祖母。常に人を安心させる笑みを浮かべ、その笑みに負けず劣らず優しい性格をしている。
 プロ顔負けな料理の腕をもつ。

「ふふふ、晃汰の祖母の桐崎しのです。お婆ちゃんでいいよ、紗奈ちゃん」

 

配役(2:2:1)
晃汰:
夏希:
清次:
しの:
ナレ:

最終章:たいようのはなたち。

SE:蝉の声

夏希「……」(居心地悪そうに)

晃汰「なに照れてんだよ、夏希」

夏希「え、いや、なんかコウちゃんに改めて写真を撮られるのがさ、照れくさくて」

晃汰「くす、ばーか」

夏希「む、なんだよ、それー。
向日葵畑で夏希様を撮りたいんです~、どうか付き合って下さい~って、コウちゃんが泣いて頼んできたんじゃん」

晃汰「いつ僕がそんなこと言ったんだよ。いやなら、やめるけど?」

夏希「……い、いやじゃないけどさ」

晃汰「ふふ、素直じゃないな」(ファインダーをのぞき込みながら)

夏希「う、うるさいっ!」

晃汰「ほら、お前はそんなむくれた顔を撮られたいのか?」

夏希「む、むぅぅぅぅ……」

晃汰「くく。なあ、夏希」(ちょい真剣な声)

夏希「ん? なに? 今、必死に気分を落ち着かせてるんだから」

晃汰「その、なんだ、いろいろ世話掛けたな」

夏希「っ、にひひ、あんまり気にしないでよ。(ちょっと面喰ってから)
コウちゃんだって、アタシが困ってたら助けに来てくれるでしょ?」

晃汰「どうだろうな」

夏希「うそつき。子供の頃からなんだかんだ言いながらも助けてくれたの、覚えてるんだから」

晃汰「ぬ……」

夏希「にひ」

晃汰「とにかく、親しき仲にも礼儀ありって言うだろ? だから、ありがとうな」

夏希「うん、どういたしまして」

晃汰「今なら……」(呟き)

夏希「ん? なんか言った? コウちゃん」

晃汰「いや、なんでもないよ。なあ、最後にひとつきいていいか?」

夏希「なに?」

晃汰「……、夏は好きか?」(ちょっと大きな声で。できれば、息を吸う音を入れてから)

夏希「大好きだよ!」(ちょっとびっくりしてから、それに応えるようにちょい大き目)

SE:カシャ

 

夏希・紗奈:たいようのはな。最終章:たいようのはなたち。

 

SE:チャポン……

夏希「ふぅぅぅ……、気持ちいぃぃ……」

ナレ:夏希はしのが用意していた湯船につかりながら、大きなため息を漏らした。
全身の疲れがぬるめのお湯に溶けていくのを感じながら、先ほどの玄関先での出来事を思い出した。

晃汰『夏希、先に風呂入ってこいよ』

夏希『え? コウちゃんはどうするの?』

晃汰『一緒に入るわけにもいかないだろ。後でいいよ。
それに、僕は爺ちゃん達といろいろ話すことがあるから』

夏希『わ、わかった……』(ちょっと不安気味に)

晃汰『くす、心配するなよ。大丈夫』

SE:チャプン……

夏希「心配するに決まってるじゃん……」

ナレ:晃汰は愛する人の死を受け入れられずに、今まで目をそらし続けてきたのだ。
その結果、彼にしか見えない幻を作り上げ、紗奈が生きているという夢を現実だと思いこんできた。
しかし、今夜、その夢は幕をおろした。
ならば、その先には愛する人を失ったという、決して消えぬ悲しみが待ち構えている。

夏希「コウちゃん……、泣いてたじゃん……」

ナレ:向日葵畑をいとおしむように眺めながら、涙をこぼしていた晃汰の横顔がよみがえる。
あの時、自分は何と言えばよかったのだろうか。

夏希「……紗奈ちゃん……。
本当に、これでよかったの、かな……?」

ナレ:思わず漏れた問いかけに、答える者はいない。
それでも、夏希はさらに言葉を続ける。

夏希「アタシ、コウちゃんのことが好き。
いつからかなんて分からないくらい、ずっと、コウちゃんのことが好きだったの。
紗奈ちゃんにも、誰にも負けないくらい……。
自分でもね、卑怯だって分かってる。
でも、……謝らないから。
紗奈ちゃんはこれからもずっと、アタシのライバルだから……。
それに――」

SE:チャプン(自分の体を抱きしめる)

夏希「向日葵畑でコウちゃんに抱きしめられた時、
コウちゃんが、アタシのことを紗奈ちゃんと勘違いしてるって分かってるのに、
分かってるのに……、どうしようもなく嬉しかったんだ。
泣きそうになるくらい……。このまま死んでもいいって思うくらい……。(間をおいて)
紗奈ちゃん、もう一度言うね。コウちゃんのこと、絶対に幸せにするから」

ナレ:よみがえる晃汰の言葉。

晃汰『……待っていて、くれるか?』(十章より)

夏希「いくらでも待つよ……、大好きなんだもん……」(涙)

ナレ:言えなかった言葉が、涙とともに湯船に零れ落ちた。

SE:足音

夏希「お風呂、いただきました~」(風呂場でのことを見せないように)

晃汰「早かったな」

夏希「そう? ゆっくり浸かってきたよ」

ナレ:夏希が居間へ姿を見せると、晃汰は影のないさっぱりとした笑みを返した。
視線を移せば、しのは目元を指で拭い、清次は難しそうな顔をしながら、紫煙をくゆらせている。

夏希「紗奈ちゃんのこと、全部話せた?」

晃汰「あぁ、全部話したよ」

夏希「そっか。お風呂空いたから、入ってきなよ」

晃汰「うん、そうする」

SE:晃汰、立ち上がる

清次「晃汰」

晃汰「なに? 爺ちゃん」

清次「……、いや、ゆっくり入ってこい」

晃汰「うん」

SE:足音。晃汰、風呂場へ

清次「……、あんな顔見せられたら、何も言えないよなぁ」

しの「いい顔、してましたね」

清次「あぁ、なんもかんも呑みこんで、それでも笑えりゃもう心配する必要はねえ。
婆さん、つまみ作ってくれ。今度は儂らが話す番だ」

しの「はいはい、ちょっと待って下さいね」

夏希「あ、アタシも手伝うよ!」

しの「お願いね、夏希ちゃん」

SE:二人の足音

清次「光二、晶さん、晃汰はもう大丈夫だ。
あいつも一人前の男になりやがった……」(しみじみ)

ナレ:晃汰が風呂からあがり居間へ戻ってくると、三人は静かにあの日の梅酒を呑んでいた。
ちゃぶ台の上には枝豆や漬物などが何品か置かれている。

清次「おう、あがったか。どうだ? 一杯」

晃汰「うん、もらおうかな」

SE:晃汰、座る

清次「紗奈さんの分も、用意しないとな」

ナレ:清次は晃汰に梅酒の入ったグラスを渡すと、もう一杯を彼の隣に置いた。
花守村に帰ってきたその日に皆で呑んだ時と同じく、光二と晶の分もすでに置かれていた。

晃汰「こく……、やっぱり、おいしい……」

清次「そうか。さて、何から話したもんか」

晃汰「事故にあってから僕がどうなっていたのか、教えてほしい」

清次「ん……」

SE:シュボッ(清次、たばこに火をつける)

清次「ふぅぅ……。どこまで覚えてる?」

晃汰「……紗奈が、腕の中で目を閉じるまで」

清次「ん、その場にいた人から聞いた話になるんだがな、
その後お前は紗奈さんを抱きかかえたまま泣き崩れ、意識を失ったそうだ。
そして、病院に運ばれてからお前は、一週間目を覚まさなかった」

晃汰「紗奈は……?」

ナレ:清次は小さく首を振り、応えた。

清次「お前が眠っている間に、紗奈さんの葬儀があった。
儂と婆さんで行ったよ。紗奈さんのご両親にも会った」

晃汰「……」(うつむく)

清次「ふぅぅぅ……。(たばこ)
責められるもんだと思って行ったんだがな、そんなことはなかった。
ご両親とも、晃汰くんと出会ってから、娘は本当に幸せそうだったと、涙ながらにおっしゃっていたよ」

晃汰「っ」(顔をあげる)

清次「晃汰のことも、とても心配してくれていた。
目を覚まさないことを伝えると、私達に出来ることはないかとも、おっしゃってくれた。
儂は実際に、紗奈さんと会うことは出来なかったが、
あのご両親に育てられたのなら、いい子だったんだろうな」

晃汰「……うん、自慢の彼女だったよ……」

清次「ん。お前が紗奈さんのことをとても大事にしていたのは分かっている。
なんせ、お前が病院で目を覚ました直後に儂らに訊いてきた一言は」

晃汰『紗奈は……?』

清次「だったからな。ふぅぅぅ……。
とはいえ、目覚めたばかりのお前に儂らは何も言えんかった。
すると、そんな儂らを見て察したのか」

晃汰『あぁ、なんだ、夢か……』

清次「と言って、お前はまた眠ってしまった。今度は、半年もの間な」

晃汰「っ、半年!?」

清次「驚くのも無理はない。お前はまだひとつ、大きなことに気づいていない」

晃汰「それは?」

清次「まあ、待て。それはもう少し後だ。順を追って話そう。
眠っているお前の脳波を調べるとな、ずっと夢を見ていることが分かった。
医者の見解では、夢の中でしか紗奈さんと会えないことを、無意識のうちに気づいているのだろうと言っていた。
そして、半年経って目を覚ましたお前には、紗奈さんが見えていた」

晃汰「……」

清次「お前の言葉を借りれば、おそらく半年もの間、紗奈さんとの思い出を繰り返し、
そこから彼女の幻を作ったんじゃないかと、儂はそう思う」

晃汰「うん、僕もそうだと思う」

ナレ:清次は短くなってしまった煙草を灰皿に押し付けると、梅酒で唇を湿らせた。

清次「そこからがまた大変だった。
目を覚ましたばかりのお前はとても不安定でな、
些細なことで事故のこと、紗奈さんのことを思い出し、
頭を抱えて喚き散らしては何度も気を失った。
そして、目を覚ます度に、それまでに思い出したことをきれいさっぱり忘れていた」

晃汰「? それってどういう……」

清次「ん、分かりにくかったか。あー……」

夏希「じゃあ、ここからはアタシが説明します」(いつもの明るい雰囲気ではなく、真剣に)

清次「あぁ、夏希ちゃんに頼むか」

夏希「はい。あのね、単純に言うと、ゲームのリセットボタンと同じだよ」

晃汰「リセット、ボタン?」

夏希「そう、ゲームで失敗したらリセットボタンを押して、また最初からやりなおすでしょ?
それと同じことがコウちゃんの中で起こってたの」

晃汰「つまり、紗奈の死につながるようなことを思い出すと、
記憶をリセットして、目を覚ました時からやりなおしていた……?」

夏希「そういうこと」

晃汰「ということは、何度も」

夏希「うん、最初のうちは二日ともたなかった。
お医者さんに『クリスマスになにがあったか覚えていますか?』って聞かれると、すぐにリセットがかかるくらいだったから。
でもね、何度もリセットを繰り返すうちに、そうならないようコウちゃんは記憶を捏造し始めたの」

晃汰「ねつ、ぞう……?」

夏希「一緒にクリスマスツリーを見た、一緒に初詣に行った、バレンタインデーにチョコをもらった、とかね。
それと、紗奈ちゃんの死に繋がるような、都合の悪いことにも気付かないようになっていった。
その一つが、時間」

晃汰「っ、もしかして、さっき爺ちゃんが言っていたのって……」

夏希「ねえ、コウちゃん、今年が何年かわかる?」

晃汰「2013年……」(演じる時の西暦から1年引いてください。恐る恐る)

夏希「ううん、今年は2014年。コウちゃんは一年勘違いしてるんだよ」(演じる時の西暦を入れてください)

晃汰「あっ!?」

清次『お前が東京へ行った時に漬けた梅酒だ。四年もすれば呑み頃だろう』(三章より)

晃汰「あの時の爺ちゃんの言葉、間違いじゃなかったんだ……」(呟き)

夏希「それじゃあ次の質問、コウちゃんはどうして花守村に帰って来たの?」

晃汰「……婆ちゃんの、電話で……」

夏希「それはいつ? どこで?」

晃汰「え……? ……あれ?」

ナレ:晃汰の記憶には、しのの電話越しの声だけが刻まれていた。
それ以外のことは何も覚えていなかった。

夏希「今回、荒療治をしたのはね、コウちゃんの心が本当にギリギリだったからなんだ。
治療をする度に、コウちゃんはますます夢を現実だと思いこんで、逆に都合の悪いことしかない現実が見えなくなっていった。
覚えてないだろうけど、コウちゃんは病院でお婆ちゃんの電話を受けたんだよ?
それも、お医者さんの前で」

晃汰「……全然、覚えてない……」

夏希「それじゃあ、花守村についてから向日葵畑に行くまでの間、何人ともすれ違ってたのも、気づかなかった?」

晃汰「え……?」

夏希「やっぱり、見えてなかったんだね……。
コウちゃんは紗奈ちゃん以外の人を都合の悪い人だと思うようになっていたんだよ。
だから、向日葵畑でコウちゃんを前にしてさ、一瞬、アタシのことも見えないんじゃないかって思った。
でも、話しかけたらちゃんとアタシのことが見えててさ、嬉しくて思わず泣いちゃったよ」

晃汰「あれは、嘘泣きだったんじゃ」

夏希「最初に泣いちゃったのは、本当だよ」

晃汰「……」(色々ありすぎて、言葉にならない。放心状態)

清次「晃汰、別にすべてを理解しなくちゃいけないわけじゃない。
ただ、皆がお前のことを大切に思っていることだけ、分かればいいんだ」

晃汰「でも……」

清次「いいんだ、それで。なあ?」

しの「えぇ、それだけでいいの」

晃汰「爺ちゃん、婆ちゃん……」

夏希「アタシのことも忘れないでね」

晃汰「夏希……」

ナレ:清次も、しのも、夏希も、皆が晃汰へと笑みを向ける。
なんてことはない、お前が大切だったんだと、その笑みが語りかけてくる。
込み上げる感情は、そのまま涙となって晃汰の頬を濡らす。

晃汰「……っ、……ありがとう……」

清次「はは、さあ、呑め。
悲しみも喜びも、なんもかんも酒と一緒に呑み込んじまえ。
儂らが付き合ってやる。いくらでもな。
ほれ」

SE:チン(晃汰のグラスと合わせる)

清次「んくんくっ、っはぁぁぁ……。ん、どうした、呑め」

晃汰「……っ、んぐんぐ……、ふっ……、うっ、うぅぅ……」(涙止まらず)

清次「ははは、光二も晶さんも、紗奈さんも、皆ここにいる。
皆お前のことを大切に思っている。幸せなことだなあ、晃汰」

晃汰「っ……うん、……うん……」

清次「いつかまた、同じように辛いことがあったら、今日のことを思い出せ。
その時には、儂も婆さんも、もういないかもしれない。
だがな、いつだってお前のそばにいる。
今のお前なら、そのことにちゃんと気づけるはずだ」

SE:カララン(グラスの中で氷が鳴る)

ナレ:その時、両親と紗奈のグラスの中で、氷がなった。

清次「はは、皆そうだと言っている。よかったなぁ……」(しみじみ)

晃汰「……っ、うん……」

SE:夜の虫の鳴き声(フェードイン?)

ナレ:雨はやみ、澄んだ夜空に月が浮かぶ。
小さな星々に優しく抱かれながら。

晃汰「……んぅ……」

清次「眠ったか……」

しの「たくさん泣きましたからねぇ」

夏希「でも、もう大丈夫だよ。寝顔を見れば分かる」

清次「ん、気持ち良さそうに寝てやがる」

しの「どんな夢を見ているんでしょうねぇ」

晃汰「……すぅすぅ……」

ナレ:悲しみに濡れた夢の終わり。
その先で見る夢が、どうか、幸せなものであるように。
朝を迎えて、笑えるように。

 

SE:遠い蝉の声

夏希「もう帰っちゃうんだ」

晃汰「うん。夏が終わる前にね」

夏希「そっか」

ナレ:日差しに焼かれながら、二人は海沿いの寂れた無人駅で電車を待っていた。
清次としのとは、家の前で別れを済ませ、夏希だけが駅まで見送りにきていた。

晃汰「東京に着いたら、すぐに紗奈のお墓に行こうと思うんだ。
ずっと心配かけちゃったし、もう大丈夫だよって、改めて伝えに行くつもり」

夏希「そっか、それじゃアタシの分も伝えといて。
コウちゃんはアタシがちゃんと幸せにするから安心してってさ」

晃汰「だから、それは男が言うセリフだって。
それに、そういうことは直接言った方がいいんじゃないの」

夏希「そうだね、いつかちゃんと伝えに行くよ」

晃汰「うん、その方が紗奈も喜ぶ」

夏希「……」(別れを前に言葉をなくす)

晃汰「……、あ、そうだ」(晃汰も同じく。そして、不意に思い出す)

夏希「なに?」

晃汰「この前、向日葵畑で撮った写真、見てくれないか?」

夏希「あの時の? もう現像できたんだ。見せて、見せて」

SE:ゴソゴソ

ナレ:手渡された写真を夏希は照れくさそうに見つめた。
そこには色濃く咲き誇る向日葵の前で、向日葵に負けないくらい満面の笑みを向ける夏希の姿が写っていた。

夏希「……ん?」

ナレ:しかし、不思議なことに彼女の姿は写真の右側に偏っている。
まるで、左側に誰かがいるかのように。

夏希「これ……」

晃汰「見えるか?」

夏希「……もう、コウちゃんって欲張りだよね」

晃汰「はは、『二人とも』僕の大切な人だから」

夏希「む、そう言われるとこれ以上文句言えないじゃん」

晃汰「ははは」

ナレ:しばらく他愛ない会話を繰り返すうちに、無人駅へと金切音を上げて、電車が滑り込んできた。
晃汰は荷物を担ぎ直すと、夏希へと朗らかに笑ってみせた。

晃汰「それじゃ、いってきます」

夏希「うん、いってらっしゃい」

晃汰「また来るよ」

夏希「うん、待ってる」(いろんな思いを込めて)

晃汰「あぁ」

SE:プシュー……、ゴトンゴトン……

ナレ:晃汰を乗せた電車がゆっくりと遠ざかっていく。
次第に小さくなってゆく電車を、夏希は指で作ったファインダー越しに覗きこむ。
澄み渡る透明な青空、真っ白な入道雲、晃汰を乗せた電車が、陽炎揺らめく線路を走っていく。

夏希「ふふ……」(いたずらっぽい笑み)

ナレ:ファインダー越しに切り取った景色に、彼女はタイトルをつける。幼馴染のように。
それはおりしも、花守村へ降り立った時、晃汰が紗奈へと送ったものと同じだった。

夏希『好きなひと』

 

SE:静かなガヤ

ナレ:とあるアトリエに、一枚の不思議な写真が飾られている。
その写真は、向日葵畑を背景に一人の少女が写っているという何の変哲もない写真である。
だが、それを見る者は、真夏の太陽のように笑いかける少女の隣に、
幸せそうに優しく微笑みかける少女が、もう一人見えると云う。
その写真のタイトルは『たいようのはなたち。』と名づけられていた。

おわり

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