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村正は妖刀? それとも……。村正Ⅱに行ってきた!

杳

おはよー! 杳だよ!

最近めっきり寒くなってちょっと風邪っぽい杳だよ。

季節の変わり目ってのは毎回風邪っぽくなるから、困ったもんだね!

今日は、妖刀とも言われている村正を智さんと見るために、
桑名市博物館で行われている【村正Ⅱ】に行ってきたよ!

村正Ⅱ

 

桑名市博物館の前に来ると、刀剣乱舞の千子村正に出迎えられた。

「huhuhuhu。よく来ましたネ」

って感じなのかな……?

(刀剣は随分前にやってたから、このキャラのノリがよく分からない)

中に入ってすぐに、入場券を1,000円で買う。

入場券を買って少し進むと、いなちゃんが!

この間のくわな楽市でも見たね。

実は缶バッチが、ここでしか置いてないものがあったらしい。

そのまま、村正を見に行くことに。

村正について

村正っていうのは、実は刀工の名前なんだって。

千子派の祖と言われている人で、伊勢国桑名で活躍してたみたい。

智さんと毎年桜を見に行く、走井山公園の周辺で村正が生活していたって話もあるみたい。

切れ味が凄い良い刀を作る人たちで、実戦用の刀として重宝されたとか。

実は蜻蛉切も村正が作ったんだって。

江戸時代になって、妖刀伝説が流布され始めたり、
徳川家が村正を禁止したりして色々大変だったみたい。

村正って書いてある部分をやすりで消したりして、
どうにか誤魔化す人も多かったみたいだけれど。

妖刀だったのか?

妖刀伝説に関しては、色々な説があるらしい。

妖刀と言われてもおかしくないレベルで、妖艶な雰囲気を持っている刀ではあったけれど。

そもそも、妖刀ってのは使用者が死ぬんじゃなく、
使用者が過剰に興奮するって意味合いもあるらしい。

過剰に興奮するっていうか、使ってるとすごいテンションあがる感じ?

でもまあ、妖刀は使用者やその周りの人の命を奪うイメージの方が勝ってるらしいけど。

 

妖刀と言われるようになってしまった理由としては、
徳川家の人間が村正で殺されることが多かった為に、徳川家が村正を嫌い始めたのが最初らしい。

村正の利用者の数を考えたら、統計的に仕方ないんじゃないだろうかっても思うけど。

その当時はそういう考えはなかったからね。

仕方ない。

西郷隆盛とかも村正使ってたみたいだし、徳川家的には最後まで嫌な刀になったかもね。

村正Ⅱの感想

今回の【村正Ⅱ】では、一振りだけ撮影可能な村正があったんだ。

それがこれ!

上手く撮れてないかも……。

ごめんね。

これ以外は撮影禁止だったけど、すごい綺麗な刀ばっかりだったよ。

槍も二種類あった。

智さんは結構刀紋を見るのが好きらしくて、ニコニコだったよ。

なんか凄いものをみるのって楽しいよね。

私は美術館とかも好き。

村正Ⅱを見に来たことで、また新しい桑名のことを知った感じ。

桑名は神社も有名なものが多いから、すっごい楽しい土地だなぁって感じる。

11月25日まで村正Ⅱはやってるから、興味のある方は行ってみては?

おまけ

二階には、桑名の名物でもある折り紙の展示もあるよ。

一枚の折り紙で作るらしい。

すごいよね。

アクセス

場所:

バスで行く人は、桑名駅から長島温泉行に乗ると行けるよ。

他にもコミュニティバスってのに乗ったら、行けるらしい。

詳しくは、検索してみてね!

この記事を書いた人
書上杳(かきあげ はるか)

仮面夫婦の妻。このブログの運営全般を手探りながら地道にやってる。

その正体は、三重県桑名市に同棲目的でやってきたニート。
『後悔しない生き方をする』をモットーとし、色々あるけど楽しい日々を過ごす。

ニートなので有り余った時間を利用して、何か出来ないかと考える日々。

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