たいようのはな。一章:なつのはじまり。

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登場人物

桐崎 晃汰(きりさき こうた)
 東京の大学へ通う大学生。
 写真が趣味であり、そのレベルはプロになるには一味足りないといった具合。
 現在、スランプ中。
 いつからか原因不明の頭痛に悩まされるようになるが、すぐに治まるため深刻には考えていない。
 紗奈のことを大切に思っており、何かあればすぐに大丈夫かと訊ねるほど。

「今回の旅行で紗奈の写真もたくさん撮るつもりだから、頑張って慣れようね」

 

沢渡 紗奈(さわたり さな)
 晃汰の恋人で、同じ大学へ通っている。
 白という色を好み、晃汰の撮る写真に惹かれ、付き合うことに。
 とても恥ずかしがり屋な性格で人見知り。
 初めての人と出会うと晃汰の背中に隠れるほど。
 丁寧な言葉づかいとふんわりとした性格から、小動物のような雰囲気を持つ。

「そ、そういう恥ずかしいこと言うの、禁止、です」

 

双海 夏希(ふたみ なつき)
 晃汰の幼馴染。
 晃汰のいない間も彼の祖父母に何度もお世話になっている。
 演劇サークルに所属しており、主役を張るほどの演技力を持つ。
 さっぱりとした性格と腰まであるポニーテール、豊満な体つきが特徴。

「よろしくね、紗奈ちゃん。
アタシのことは夏希さんでも夏希ちゃんでも好きなように呼んでいいから」

 

配役(1:2:1)
晃汰:
紗奈:
夏希:
ナレ:

一章:なつのはじまり。

晃汰:月明かりの下、再び君に出合う。あの向日葵畑の中で。
二度と離すまいと、強く、強く抱きしめると――
――たいようの香りがした。

晃汰:たいようのはな。第一章:夏のはじまり。

​SE:遠い蝉の声(フェードアウト)
SE:ゴトンゴトン……(フェードイン)

ナレ:真夏の日差しに照らされて、一両編成のレトロな電車が山と海の境界線を描くように走っていく。

晃汰「……何年ぶり、かな」

ナレ:誰もいないかと思われた車内に、男のつぶやきが波紋のように広がった。
その中心には、まるで影のように気配の薄い青年が、頬杖をついて車窓から海を眺めていた。

SE:頭痛の音(心臓の音? なにかしらのSE?)

晃汰「いっつ……」(頭痛)

紗奈「っ、大丈夫ですか? 晃汰くん」

晃汰「ん、大丈夫。いつもの頭痛だから」

紗奈「でも……」

晃汰「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

紗奈「……分かりました。でも、ひどくなったら言ってくださいね」

晃汰「うん、ありがとう」

ナレ:晃汰と呼ばれた青年の隣には、白いワンピースに身を包んだ可愛らしい女性が座っていた。
透通るほどに白い肌を、真っ白のワンピースがより一層際立たせている。
肩口で切り揃えられた髪の隙間から覗く細い首は美しく、百合の茎を思わせる。

紗奈「? どうかしましたか? 晃汰くん」(晃汰の視線に気づく)

晃汰「あ、いや、そのワンピース似合ってるなぁって」(慌てて、話をそらす)

紗奈「本当ですか? このワンピース、お気に入りなんです」

晃汰「紗奈は白が似合うね」

紗奈「好きな色が似合うって言われるの、嬉しいですね」(言い終わった後、晃汰に微笑みかける感じ)

晃汰「う、ぁ……」(照れ)

紗奈「? 晃汰くん、顔が赤くなってますよ。どうかしましたか?」

晃汰「い、いや、そんなことないよ」

紗奈「いいえ、赤いです。いつも晃汰君を見ているんですから、気づきますよ。
あ、もしかして、変なことでも考えたんじゃ……」

晃汰「ち、違うよ」

紗奈「それじゃあ、どうして顔が赤いのか教えてください」

晃汰「……さ、紗奈が」

紗奈「私が、なんです?」

晃汰「……可愛いかったから」

紗奈「~~~~っ。そ、そういう恥ずかしいこと言うの、禁止、です」(一気に顔が赤くなる)

晃汰「そ、そっちが聞いてきたんじゃないか」

紗奈「うぅぅぅ……、晃汰くんの馬鹿……」

晃汰「……ゴホン。えっと、この電車は花守村はなもりむらっていう僕の田舎に向かっているんだけど。(話をそらすように)
本当によかったの? 確かに、婆ちゃんから恋人がいるんなら連れておいでって言われたけど、
コンビニもないし、海と山くらいしかないようなところだよ?」

紗奈「私も晃汰くんの生まれ故郷に行ってみたいって思っていたんです。
晃汰くんが子供の頃、どんなところで過ごしていたんだろうなって興味があります」

晃汰「まあ、紗奈がそういうなら、いいんだけど」

紗奈「恋する乙女は好きな人のことなら、何でも知りたいって思うんですよ。
それに晃汰くんが見せてくれた写真のほとんどは、その花守村の風景なんですよね?」

晃汰「そうだね」

紗奈「それじゃあ尚更行かないといけません。私は晃汰くんが撮った写真の大ファンなんですから。
あんなに美しい自然のある場所、私、行った事ありません」

晃汰「というか、自然しかないんだけど」

紗奈「それでも、です」(笑いかける

ナレ:写真は、晃汰の唯一の趣味である。
大学へ進学するために上京するまでの間、彼は故郷の自然を撮り続けてきた。
水平線から朝日が昇り、世界が光によって色づく瞬間、
夕陽に照らされ、真っ赤に染まる向日葵畑など、彼が思う美しさを写真におさめてきた。

紗奈「晃汰くんが見つけられなかった素敵なモノが、花守村にはまだまだたくさんあると思うんです。
そんなのもったいないじゃないですか。だから、私が晃汰くんのかわりにいっぱい見つけちゃいます」

晃汰「確かに、それは紗奈の方が向いてるだろうね。
僕にとっては、それが当たり前だと思ってるし」

紗奈「えへへ、がんばります。
あ、そうです。私、晃汰くんの写真を見て、どうしても行ってみたい場所があるんです」

晃汰「ん? どこのことかな?」

紗奈「夕焼けで真っ赤に染まった向日葵畑の写真があったじゃないですか。

あそこです」

晃汰「あぁ、あそこか」

紗奈「写真を見た時から、いつか実際にこの目で見てみたいなぁって思っていたんです」

晃汰「ちょうど見頃だろうし、一緒に見に行こうか」

紗奈「はい! ふふふ、これでまたひとつ楽しみが増えました」

晃汰「これくらいお安い御用だよ。
代わりに、僕もひとつ紗奈に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

紗奈「はい、なんですか?」

晃汰「前にも聞いた気がするんだけど、紗奈はどうしてそんなに僕が撮った写真が好きなの?」

紗奈「ん……、うまく、言葉にできないんですが、
晃汰くんの撮った写真は、色鮮やかなのにどこか白くて、透明といいますか……」

晃汰「白くて、透明……?」

紗奈「はい、どの写真も光を感じる透明感があって、
そこに閉じ込められている音や熱まで伝わってくるような……。
うぅ……、やっぱり、うまく説明できません……」

晃汰「……空気感、みたいなものかな」

紗奈「なのでしょうか。
とにかく、私は晃汰くんの撮った写真が大好きです」

晃汰「……ん、そっか……」(困惑)

紗奈「どうか、しましたか?」

晃汰「紗奈は僕が最近撮った写真を見て、どう思う?」

紗奈「えっ。あの、それは……」(言葉を濁す)

晃汰「……はぁ。やっぱり、紗奈の好きな写真じゃあないか」

紗奈「そ、そんなこと」

晃汰「いや、自分でもスランプだなって感じてるんだ。
原因は分かっているんだけど、なかなか、ね……」

紗奈「原因が分かっているんなら、教えてください」

晃汰「いつからか、紗奈の好きな白を、僕が嫌いになったからだろうね」

紗奈「それは、どうして……?」

晃汰「……なんでだろうね。いつっ!?」(セリフ中に頭痛音)

紗奈「また頭痛ですか?」

晃汰「この頭痛もいつから起こるようになったんだか。えっと、薬、薬……」

SE:ゴソゴソ
SE:ゴクッ

ナレ:心配げな表情の紗奈に、彼は大丈夫と優しく笑みを返した。

晃汰「何かの拍子で、少しだけ感覚がずれたんじゃないかな。
それで前みたいな写真が撮れなくなった。
ほら、写真は撮る者の心を映すっていうでしょ?」

紗奈「言う、でしょうか……?」(苦笑)

晃汰「そういうことにしておこうよ。
今回の里帰りで、あの頃みたいな写真が撮れるようになったらいいんだけど」

紗奈「私も協力します。
晃汰くんの気付かなかった花守村の素敵なところをたくさん見つけますから、いっぱい素敵な写真を撮りましょう」

晃汰「うん、お願いするよ、紗奈」

紗奈「はい、任せてください!」

ナレ:仲睦まじい二人を乗せて電車は走っていく。
晃汰の故郷、花守村へと向かって。

​ 

SE:キキイィィ……

ナレ:耳障りな金切り音をあげ、電車は寂れた無人駅へと到着した。

晃汰「よっと、大丈夫? 紗奈」(電車を降りる)

紗奈「大丈夫ですよ」

SE:ゴトンゴトン……(走り去っていく電車)

ナレ:二人を降ろした電車は、陽炎を引き裂くように線路を走っていく。
ホームに降り立った晃汰と紗奈の前には、澄み渡る青空と陽光にきらめく海がどこまでも広がっている。

紗奈「うわぁ……」

晃汰「白もいいけどさ、青もいいでしょ?」

紗奈「はい!」

ナレ:青い世界を背景に、子供のように微笑む紗奈。
晃汰は彼女に気付かれないよう、そっとカメラを構えた。

SE:サアァァ……(風)

紗奈「ん、気持ちいい……」

ナレ:山側からの爽やかな風が彼女の頬をくすぐり、髪を踊らせる。
垣間見える真っ白な首筋、風にたなびくワンピース、青と白のコントラスト。

晃汰「『好きなひと』」

SE:パシャッ

紗奈「あっ、晃汰くん!」

晃汰「はは、早速いい写真が撮れた」

紗奈「もう、何も言わずに写真を撮るの禁止って、前に言ったじゃないですか」

晃汰「声をかけたら、緊張するでしょ?」

紗奈「う……、だ、だって恥ずかしいじゃないですか」

晃汰「今回の旅行で紗奈の写真もたくさん撮るつもりだから、頑張って慣れようね」

紗奈「そ、そんなの無理です」

晃汰「ははは。さてと、今何時くらいかな。(腕時計を確認する
……えっと、まだ3時過ぎか。
紗奈、まだ時間もあるし、今から向日葵畑を見に行こうか」

紗奈「え、本当ですか? 行きます」

晃汰「夕方前につくから写真通りじゃないけど、いいかな?」

紗奈「かまいません」

晃汰「ここから少し歩くけど?」

紗奈「大丈夫です」

晃汰「よし、それじゃ行こう」

ナレ:二人は荷物を手に、無人駅を後にした。

SE:蝉の声、遠く

ナレ:青田を横切るようにしかれた道路を、二人は寄り添いながら歩いていく。
右手には自然溢れる深緑しんりょくの山が広がり、左手にはきらめく群青の海が広がっている。
民家は遠目に数えられるほどしか見当たらない。

晃汰「ふぅ、にしても暑いなぁ……。紗奈は平気?」

紗奈「大丈夫です。むしろ、気持ちいいくらいですよ」

SE:サァァァ……(風の音)

晃汰「確かに、気持ちいい、かな」

紗奈「晃汰くん、向日葵畑はまだですか?」

晃汰「そんなに遠くないから焦らないで」

紗奈「早く見たいです」

晃汰「はは。もうちょっと、もうちょっと。
それにしても、ここは昔からちっとも変わらないなぁ……」

ナレ:晃汰の中で子供の頃の記憶が蘇る。
今と同じ風景の中、滝のような汗を流し、全力で幼馴染を追いかけていた子供時代。
時々、追いかけている自分へと向けて、汗だくで笑う幼馴染の顔。

 

夏希『おっせーぞー、コウちゃん』(子供時代。男の子っぽく)

晃汰『ナツキが速いんだってば』(子供時代)

夏希『ははは、早くしないと置いてくぞー!』(子供時代。男の子っぽく)

​ 

晃汰「……ナツキ、元気かな」(呟き)

紗奈「ナツキ、さん?」

晃汰「え、あぁ、僕の幼馴染だよ。元気の塊みたいな奴」

紗奈「今もこちらに住んでいらっしゃるんですか?」

晃汰「多分、まだいると思うけど。なに? 会ってみたい?」

紗奈「だって、子供の頃の晃汰くんのこと、いろいろ知っているんですよね?」

晃汰「うわ、それは会わないようにしないと」

紗奈「えー、どうしてですか」

晃汰「あいつのことだから、あることないこと話しそうで。
まぁ、三年くらい会ってないから、もしかしたら、少しはおとなしくなったかもしれない、けど……。
……うん、自分で言っておいてなんだけど、ありえないな」

紗奈「ふふふ、それはぜひとも会わなくてはいけませんね」

晃汰「もしも、会っちゃったら、その時は観念して紹介するよ」

SE:蝉の声、近い

ナレ:長閑のどかな田園を通り過ぎ、薄暗い森の前で晃汰は立ち止まった。
欝蒼うっそうと生い茂る草木に挟まれて、舗装もされていない小道が奥へと続いている。

紗奈「ここを、入っていくんですか……?」

晃汰「一応、ちゃんとした道もあるんだけど、そっちはかなり遠回りになるんだ。
ここを少し行ったら、すぐに向日葵畑だから、ね?」

紗奈「わ、わかりました……。がんばります!」

晃汰「はは、別に頑張るほどのものじゃないよ」

SE:ザッザッザッ……(足音)
SE:何かしら森の音が入っているといいかも

ナレ:森の中は日光が遮られ、薄暗く、ひんやりとした空気が満ちていた。
木々のこすれる音と蝉の鳴き声が鼓膜をふるわせ、濃い緑の香りが鼻腔をくすぐる。

紗奈「~~~♪」(鼻歌)

晃汰「ご機嫌だね」

紗奈「はい、それもすっごく。
晃汰くんにとっては、当たり前なものなのかもしれませんが、私にはどれも特別に見えます。
ほら、上を見てください」

晃汰「ん?」

ナレ:晃汰が上を見上げると、日に照らされた葉が星のようにきらきらと輝いて見えた。
それはまるで――。

紗奈「『真昼の星空』なんてどうですか?」

晃汰「あぁ、いいね……」

ナレ:緑の星空を見上げたまま、晃汰はカメラを構えた。
ただ、撮るだけではなく、最もこの美しさが満ちる瞬間を彼は狙う。

(ちょっと間をおく)
SE:バササッ(鳥が飛んでいく音。鳴き声もいれていいかも)
SE:パシャ

紗奈「あっ……」

ナレ:そして、それは思いのほかすぐに訪れた。
ファインダー越しに、二羽の小鳥が仲睦まじく横切る一瞬を晃汰は見逃さなかった。

晃汰「ふぅ。『天の川』って感じかな」(カメラを下ろす

紗奈「……今の、狙っていたんですか?」

晃汰「ん? さっきの鳥が飛んだところを撮ったこと?」

紗奈「そうです!」(ちょっと興奮気味

晃汰「別に鳥が飛ぶのを待っていたわけじゃないよ。
ただ、一番綺麗な瞬間を撮りたいって思っていたら、今回はそれだったってだけ」

紗奈「~~~~。やっぱり、晃汰くんはすごいです!
そ、それで、どうしてタイトルが『天の川』なんですか?」

晃汰「おっとと、少し落ち着いて、ね?
ちゃんと教えるから」

紗奈「ご、ごめんなさい、ちょっと興奮してしまいました」

晃汰「さっき紗奈が『真昼の星空』って言ったでしょ?
それで二羽の鳥が飛ぶ瞬間を撮ったらさ、彦星と織姫みたいだなあって。
それに僕の所から見ると、ほら、あの辺の葉っぱが薄いところ、天の川みたいに見えない?」

紗奈「えっ」

SE:足音(紗奈が晃汰の隣に移動)

紗奈「あ、本当です!」

晃汰「にしても、タイミングよかったね。
現像してみないと分からないけど、いい写真が取れてると思うよ。
これも紗奈のおかげだ」

紗奈「そ、そんなことないです。晃汰くんが」

晃汰「それは違うよ、僕が今まで気付かなかった素敵なものを、紗奈が見つけてくれたからだよ。
だから、ありがとう」

紗奈「ぅあ……、そ、そういう恥ずかしいこと言うの、禁止、です!」(赤面)

晃汰「ぇえ?」

紗奈「うぅぅぅ……」

ナレ:紗奈は頬を真っ赤に染めながら、
カメラを構えた晃汰の真剣な横顔を思い返していた。

SE:ザッ(足音止まる)
SE:蝉の声、遠く

晃汰「到着っと。どうかな? 気にいってくれると嬉しいんだけど」

紗奈「ふわぁ……」

ナレ:薄暗い森を抜けたその先には、背の高い向日葵が見渡す限り広がっていた。
真夏の日差しを浴びて、溢れんばかりの生命力を感じさせる色の濃い向日葵達。

紗奈「あぁ……、夏が、ここにあります……」(感動のあまり、茫然となりながら)

晃汰「うん」

紗奈「たいようが、咲いています……」

晃汰「うん」

ナレ:群青の青空、真っ白な入道雲、深緑の大きな葉、黄金の大輪。
耳障りな蝉の大合唱も、今はこの風景を彩るスパイスとなっている。

紗奈「晃汰くん……、ここ、入ってもいいんですか……?」

晃汰「いいけど、服が汚れるんじゃない?」

紗奈「そんなの、構いません……」

ナレ:紗奈は荷物を地面に下ろすと、優しく向日葵をかき分けながら、中へと入っていく。
そのさまは黄金の海を泳いでいるかのように見えた。

紗奈「あぁ……、すごい……、っ、すごいです!!(ここまで茫然としているイメージ)
晃汰くん! 私こんなに素敵な場所、初めてです!」

ナレ:紗奈は満面の笑みを晃汰へと向ける。
それは空で輝く太陽よりも、地上で咲き乱れるたいようよりも、きらめいてみえた。

紗奈「ふふ、あはははは、すごい、すごいです!
ああ、もう、どうしてうまく言葉になってくれないんでしょう。
馬鹿みたいに同じ言葉ばかり。でも、おさえられないんです。
晃汰くん、大好きです!
こんなに素敵な場所へ連れてきてくれて、ありがとうございます!」

晃汰「くすくす」

ナレ:晃汰はカメラを構えると、向日葵畑の中で子供のようにはしゃいでいる紗奈をとらえる。
この、今、自分の胸の中を満たしている温かな気持ちも、写真に閉じ込める思いで、晃汰はシャッターを切った。

晃汰「『たいようのはな。』」

SE:パシャ
SEと同時にBGM停止

夏希「――コウ、ちゃん?」

晃汰「っ!!」

(間をおいて)

晃汰「ナツ、キ……?」

ナレ:晃汰がゆっくりと後ろを振り向くと、
そこにはキャミソールにホットパンツといったラフな格好の女性が立っていた。

夏希「本当に、コウちゃんなの……?」

晃汰「夏希、だよな……?」

ナレ:晃汰の中にいる夏希の姿と、今の夏希の姿がかみ合わない。
彼女はこんなにも、綺麗だっただろうか。
腰まである長い髪は後ろでひとつにまとめられ、猫のように大きな瞳はかすかに潤んで見える。
まるで夏の女神のような彼女の姿に、晃汰は息をすることも忘れた。

夏希「久し、振り……、コウちゃん……」(泣きそうに笑いながら

晃汰「あ、あぁ、久し振り」

ナレ:泣きそうに笑う夏希の姿に、晃汰は違和感を感じた。
彼女はこんな風に笑う少女だっただろうか。もっと、向日葵のような――。

夏希「っ、コウちゃんっ!!」

SE:ダッ(駆け寄る
SE:ギュゥゥ……

晃汰「えっ……」

夏希「うぅぅ、ぐすっ、うぁぁぁ……、コウ、ちゃん……っ」

晃汰「え、あ、ちょっ、夏希!?」

夏希「会いたかった……、会いたかったよぉ、コウちゃん……」

晃汰「お、おい!?」

夏希「どうして帰ってきてくれなかったの? 私、ずっと、ずっと待ってたんだよ?」

晃汰「ちょっと待て、待てってば。お、お前、本当に夏希か!?」

夏希「っ、ひどい……。ぐすっ、コウちゃんの馬鹿ぁ……。私がどれだけ、どれだけ……」

晃汰「あ、う、あ……」

夏希「うぅぅぅ、ひっく、ぐすっ……、うぁああああぁぁぁん」

晃汰:この時の僕は、しがみつくようにして泣き続ける夏希を振り払うこともできず、うろたえることしかできなかった。
向日葵畑にいるはずの紗奈の声も聞こえず、唯一、夏希からほのかにかおる香りだけが鮮明に感じられたのだった。


つづく

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