登場人物紹介
このお話は、ボイコネでにゃきさんの企画に参加した際に、書いたものになります。
アントニー:スーツ姿のビジネスマン。雨宿りでジョナサンに出会う。
ジョナサン:スーツ姿のピエロ。傘を持っているのに、雨宿りをしていた。
配役表
アントニー:
ジョナサン:
雨に詩えば
スーツ姿の男が雨の中、小走りで雨宿りが出来そうなところを探している。
アントニー「はぁっ、はぁっ……。まったく、ついてない。
さっきまであんなに晴れていたのに……。
どこかで雨宿りを……。お、ちょうどいいところに」
アントニー:私が彼に出会ったのは、ボイド通りを越えた先にある小さな屋根付きのバスの停留所だった。
アントニー:バスの停留所にはスーツを着た一人の男がすでに雨宿りをしていた。
アントニー「はぁはぁ……。やあ、どうも。お互いついてないですね。
私も少し雨宿りさせてもらいますよ」
ジョナサン「……」(無言)
アントニー:「ふぅ……。スーツがびしょ濡れだ……。
おや? あなた、傘を持っているじゃないですか。
どうしてここで雨宿りを……、っうわぁ!?」
ジョナサン「……」(無言)
アントニー「ピ、ピエロも雨宿りするんだ……」
ジョナサン「……」(身振り手振りで返そうとする)
アントニー「はは、パントマイムで返さなくていいよ。
私は客ではないんだ。今はピエロの仮面を外してくれないか?」
ジョナサン「……あー、驚かせて済まない。スーツ姿のピエロを見たのは初めてかな?」
アントニー「あぁ、初めてだ。おかげで、心臓が止まるかと思った。
まさか、斧やチェーンソーを隠し持ってたりしないよね?」
ジョナサン「もちろんだよ。私はいいピエロさ」
アントニー「ならよかった。にしても、どうしてこんなところに?
芸を見せるなら人通りの多いボイド通りの方がいいんじゃないかい?」
ジョナサン「いや、今日は一人のお客のために来たんだ」
アントニー「一人の客のため? どういうことかな?」
ジョナサン「あー、詳しく話すと少し長くなるんだが」
アントニー「なに、かまいやしないよ。この雨じゃしばらく立ち往生だしね。
それに……、うん、バスもあと30分は来ない」
ジョナサン「面白くない話だけど構わないかい?」
アントニー「ははは、ピエロが面白くない話をするのか。それは面白そうだ。
おっと、私はアントニー。ピエロに名前をたずねるのはご法度かな?」
ジョナサン「いや、今はピエロの仮面を外しているからね。
私はジョナサンだ。この通りピエロをしている」
アントニー「この通りと言われても、白塗りのその顔を見るまで気づかなかったよ。
まさか、ピエロがスーツを着ているなんて思いもしなかったからね」
ジョナサン「これにはちょっとわけがあってね」
アントニー「なるほど。それもさっきの面白くない話につながるのかな?」
ジョナサン「あぁ、そうだ。そして、この傘もね」
アントニー「オーケー、それじゃあ聞かせてくれ。
面白かったらチップをはずむよ」
ジョナサン「ふふ、今はピエロじゃないんだ、チップはいらないよ。
さて、それじゃあ、どこから話そうか……」
アントニー:そう言ってジョナサンはボイド通りへと視線をうつした。
雨はまだやみそうにない。
ジョナサン「私は元々ピエロをしていたわけじゃなく、最初はクラウンとして大道芸をしていたんだ」
アントニー「へえ、ということは、その時には両目の下に大きな涙は書かれていなかったってことか」
ジョナサン「うん、昔は泣き虫なんかじゃなかったんだよ」
アントニー「ははは、ピエロが抜けてないぞ、ジョナサン。それで?」
ジョナサン「当時の私はクラウンになってまだ日が浅くてね、芸達者でもなければ、口もまわらなかった。
ボイド通りでどれだけ大道芸を見せても、誰も立ち止まってはくれなかった。
そんな日々が長く続いてね、途中危うくメイクもしていないのにピエロになるところだった」
アントニー「ははは、今じゃだいぶ口が回るようになったな」
ジョナサン「まあね。その日も、ちょうど今日のように急に雨が降り出してね。
とはいえ、こんな土砂降りじゃなく、小雨程度だったから芸を続けていたんだ。
しばらく下手くそなジャグリングをしていると、そこへ小さなお客さんが現れた。
黄色い傘に黄色い長靴をはいた小さな男の子だ。
その子は私を見て、にっこりと笑ってくれたんだ。
その笑顔がとても可愛らしくてね、私はその子のために芸を続けたよ」
アントニー「へぇ、いいじゃないか」
ジョナサン「だが、すこしすると今みたいに雨足が強くなってきてね。
その子には悪いと思ったが、流石に中断したんだ。
最後にその子に手を振ると、可愛らしく小さく手を振ってくれた」
アントニー「ふふ、それはさぞかし嬉しかっただろうね」
ジョナサン「あぁ、雨さえ降らなければ、ずっと彼に見てもらいたかったくらいだ」
アントニー「その子とはそれっきりなのかい?」
ジョナサン「……」
アントニー:私の言葉に、先ほどまでおどけていたピエロの表情から、演技が消えた。
ジョナサン「……、帰り支度をすませ、家に帰ろうとちょうどこのバス停にやってくるとね。そこには救急車が止まっていて、近くにはパトカーとボンネットのへこんだ車が止まっていた」
アントニー「まさか、そんな……」
ジョナサン「ぐしゃぐしゃになった小さな黄色い傘も、そこに落ちていた……」
アントニー「なんてこった……」
ジョナサン「私はね、今でもこう思うんだ。
もしも、あの時私が雨なんて気にせずに芸を続けていれば、彼が悲劇に巻き込まれることはなかったんじゃないかと」
アントニー「それは……」
ジョナサン「あと十秒、いや五秒でも運命は変わったかもしれない。また彼に見てもらえたかもしれない」
アントニー「ジョナサン……」
ジョナサン「その日から私はクラウンではいられなくなった……。
下手くそなジャグリングをしていると、あの子を思い出し、涙があふれてくるんだ。
だから、私はピエロになったんだ」
アントニー「あー……、いや、すまない、かける言葉が見つからない」
ジョナサン「いいんだ。むしろ、こっちこそすまなかったね。
嫌な思いをさせた」
アントニー「あんたほどじゃないさ。
あー、それで? まだスーツと傘の理由を聞いてないぞ?」
ジョナサン「その理由は見てもらった方が早いかな。
ちょうどね、今日がその事故のあった日なんだ。
どうしてか、あれ以来ずっとこの日は午後から雨でね」
アントニー:彼はそう言うと、私を見やり、何も持っていない右手を見せつけた。
そして、ぎゅっと握り締め、開いたかと思うと、その手には小さな黄色い花束が握られていた。
アントニー「うまいもんだ」
ジョナサン「ありがとう。ただ、これを君にあげることはできないんだ」
アントニー「はは、わかっているとも」
ジョナサン「ふふふ」
アントニー:彼は小さく笑うと、傘をさしてバス停のそばの街灯へと向かっていった。
彼が一歩進むごとに、カッカッと軽快な足音が鳴る。
アントニー「タップシューズ……?」
アントニー:ジョナサンは街灯のそばにしゃがみ込むと、小さな花束をそこへ置いてささやいた。
ジョナサン「今年も見てくれるかい?」(小声
アントニー「スーツ、傘、タップシューズ……。っ、そうか……」
ジョナサン「どぅーるるっどぅー、どぅるどぅるるっどぅ♪」(Singin’ in the Rainの鼻歌)
アントニー:「雨に唄えばか」
アントニー:スーツを着たピエロが雨に打たれながら、ジーン・ケリーのように傘を片手に陽気に歌い、踊りまわる。
私はそれをじっと眺めていた。
ジョナサンは満面の笑みを浮かべながら、水たまりでタップを踏む。
それなのに、私には彼が泣いているようにしか見えなかった。
雨はまだやみそうにない。
(拍手を送るアントニー。口笛も吹けるのならどうぞ)
アントニー「ブラボー! いやあ、すごくよかった。
最後のシーンもまるで警官がそこにいるようだったよ」
ジョナサン「ははは、今年はお客が二人もいるからね。
つい張り切ってしまったよ」
アントニー「はは、きっと彼も喜んでくれているさ」
ジョナサン「そうか、そうだといいな」
アントニー:彼は再び街灯のそばへしゃがみ込むと、笑みを浮かべ、優しく語り掛けた。
ジョナサン「今年も楽しんでもらえたかな?」
アントニー:その頬には大粒の涙が描かれている。
彼の心に降る雨は、まだやみそうになさそうだ。
ジョナサン「長々と付き合ってくれてありがとう、アントニー」
アントニー「いや、こちらこそ素晴らしいものを見せてもらったよ」
ジョナサン「そう言ってもらえると嬉しいよ。
礼と言っては何だが、この傘を君にあげるよ」
アントニー「商売道具じゃないのか?」
ジョナサン「いいんだ。それに今は雨に濡れていたいんだ」
アントニー「今度は『雨に濡れても』でも歌うのかい?」
ジョナサン「あぁ、いいね。あの歌も私は大好きなんだ」
アントニー:私はジョナサンから傘を受け取ると、小さく頭を下げ、バス停を離れた。
しばらくすると、背後から彼の歌う『雨に濡れても』が聞こえてきた。
アントニー:「きっと喜んでくれているさ、ジョナサン。おや?」
アントニー:バス停から少し離れたところに、黄色い傘をさしたご婦人がじっと私の後ろを見つめている。
ここで声をかけるのは野暮というものだろう。
私は何も言わず、彼女の隣を通り過ぎ、家路につくのだった。
おわり。