たいようのはな。三章:冬の記憶。

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登場人物

桐崎 晃汰(きりさき こうた)
 東京の大学へ通う大学生。
 写真が趣味であり、そのレベルはプロになるには一味足りないといった具合。
 現在、スランプ。
 いつからか原因不明の頭痛に悩まされるようになるが、すぐに治まるため深刻には考えていない。
 紗奈のことを大切に思っており、何かあればすぐに大丈夫かと訊ねるほど。

「今回の旅行で紗奈の写真もたくさん撮るつもりだから、頑張って慣れようね」

 

沢渡 紗奈(さわたり さな)
 晃汰の恋人で、同じ大学へ通っている。白という色を好み、晃汰の撮る写真に惹かれ、付き合うことに。
 とても恥ずかしがり屋な性格で人見知り。
 初めての人と出会うと晃汰の背中に隠れるほど。
 丁寧な言葉づかいとふんわりとした性格から、小動物のような雰囲気を持つ。

「そ、そういう恥ずかしいこと言うの、禁止、です」

 

桐崎 清次(きりさき せいじ)
 晃汰の祖父。ぶっきらぼうな喋り方をするが、性格は優しく、晃汰のことを大切に思っている。
 愛煙家であり、お気に入りの銘柄はピース。
 事故で息子夫婦(晃汰の両親)を亡くしている。

「おう、晃汰か。またでかくなったな」

 

桐崎 しの(きりさき しの)
 晃汰の祖母。常に人を安心させる笑みを浮かべ、その笑みに負けず劣らず優しい性格をしている。
 プロ顔負けな料理の腕をもつ。

「ふふふ、晃汰の祖母の桐崎しのです。お婆ちゃんでいいよ、紗奈ちゃん」

 

配役(2:2:1)
晃汰:
紗奈:
清次:
しの:
ナレ:

三章:冬の記憶。

晃汰:ひぐらしの鳴き声を聞きながら、夕焼けの中を紗奈と歩いて行く。
三年の月日が流れようと、ここは何も変わることがない。
もうすぐ家につく。きっと、何も変わっていない我が家に。

 

紗奈:たいようのはな。三章:冬の記憶。

 

SE:ひぐらしやコオロギの鳴き声

晃汰「さあ、着いたよ」

ナレ:二人の前には、時代を感じさせる一軒の木造平屋が建っている。
家の裏手は薄暗い森となっており、様々な虫や鳥の声が夏の夜の訪れを知らせる。

晃汰「準備はいい?」

紗奈「は、はい、大丈夫です」

晃汰「それじゃ、開けるね?」

SE:ガラララ……(引き戸)

晃汰「ただいまー」

紗奈「お、お邪魔します……」(小声)

しの「はいはい、ちょっと待ってねぇ」(廊下の奥から)

晃汰「ん~~。この匂い。帰ってきたって気がするなぁ」

紗奈「美味しそうないい匂い」

晃汰「婆ちゃんの手料理は本当においしいから、楽しみにしててね」

紗奈「はい」

SE:足音

ナレ:しばらくして、薄暗い廊下の奥から、大きく腰の曲がった老婆が姿を見せた。
晃汰を見るや、彼女は細い目をさらに細め、にっこりと微笑んだ。

しの「おかえり、晃汰」

晃汰「ただいま、婆ちゃん」

しの「暑かったろう? すぐに麦茶を入れるからね」

晃汰「あっと、その前に紹介したい人がいるんだけど」

SE:晃汰の背中から紗奈現れる。

紗奈「お、お邪魔します……」

晃汰「電話で恋人がいるんなら、一緒に連れておいでって言ってたでしょ?
僕の恋人の、沢渡紗奈さん」

紗奈「よ、よろしくお願いします」

しの「おやおや」

紗奈「うぅぅ……」

しの「ふふふ、晃汰の祖母の桐崎しのです。お婆ちゃんでいいよ、紗奈ちゃん」

紗奈「は、はい、お婆さん」

晃汰「紗奈もここに泊まってもらうつもりなんだけど、大丈夫?」

しの「晃汰の部屋の隣を使ってもらいな。婆ちゃんは料理の途中だから戻るけど、大丈夫かい?」

晃汰「うん。あ、爺ちゃんにも紹介したいんだけど」

しの「お爺さんなら縁側で涼んでるよ。それじゃあ、紗奈ちゃん、ゆっくりしていってね」

紗奈「はい。ありがとうございます」

しの「うん」(ほほ笑む感じ)

SE:トタトタ……(しの、台所へ戻る)

晃汰「紗奈、ひとまず荷物はここに置いておいて、先に爺ちゃんのところにいこう」

紗奈「はい、わかりました」

ナレ:二人は荷物を廊下に置くと、居間へと向かった。
居間の奥の縁側には、煙草を吸いながら涼んでいる祖父の姿があった。

晃汰「爺ちゃん、ただいま」

清次「ん? おう、晃汰か。またでかくなったな」(ふりむく)

晃汰「流石にもう大きくなってないよ」

清次「ははは、そうか」

紗奈「お、お邪魔します」

晃汰「紹介するね、恋人の沢渡紗奈さん。しばらく泊まってもらうつもりなんだけど、いいかな?」

清次「おう、そうか。好きにしろ」

晃汰「ありがとう、爺ちゃん」

紗奈「よ、よろしくお願いします……」

清次「……、ゆっくりしていくといい」(ワンテンポ遅れる)

晃汰「さあ、部屋に荷物を置きに行こう」

紗奈「は、はい。あの、その、しばらくご厄介になります」

ナレ:再び煙草を吸い始めた祖父の背に、紗奈は頭を下げ、晃汰の後をついていった。

紗奈「ここが晃汰くんの部屋ですか」

晃汰「あんまり見ても面白くないだろうけど」

紗奈「そんなことありません。うわぁ……」

ナレ:晃汰の部屋は和室となっており、彼の撮った風景写真が壁に何枚も飾られていた。
そのどれもが息をのむほどに美しい。

紗奈「どれもこれも、私の大好きな晃汰くんの写真です」

晃汰「この頃は、何を撮っても楽しかったからね。まさか、自分がスランプになるなんて、思いもしなかったよ」

紗奈「スランプを乗り越えたら、この頃よりも綺麗な写真が撮れるようになりますよ。
私も応援しますから、一緒にがんばりましょう。ね?」

晃汰「ありがとう。紗奈にそう言ってもらえると、大丈夫なような気がするよ」

紗奈「ような、ではなく、本当に大丈夫なんです」

晃汰「ははは。さ、部屋はこっちを使って。ふすまで仕切られてるだけだけど、いいかな?」

紗奈「はい、構いません。晃汰くんを信用していますから」

晃汰「はは」(苦笑気味

SE:ふすまを開ける

ナレ:晃汰が隣の部屋へ続くふすまを開けると、
紗奈は自分の荷物を部屋の隅に置き、再び晃汰の部屋へと戻ってきた。

晃汰「それで、婆ちゃんと爺ちゃんに会ってみて、どうだった?」

紗奈「お婆さんはとても優しそうだと思いました。
お爺さんはなんていうか……」(言葉を濁す)

晃汰「はは、ちょっと見た目が恐いだけで、本当は優しいからさ。
意外と気にしてるみたいだから、あまり緊張しないであげて」

紗奈「ふふ、はい、わかりました。
それで、お爺さんのお名前を聞きそびれたのですが」

晃汰「あ、そういえば言ってなかったね。爺ちゃんの名前は桐崎清次っていうんだよ」

紗奈「しのお婆さんと清次お爺さんですね。覚えました。
あの、晃汰くん、着いて早々なのですが、ひとつお願いしてもいいでしょうか?」

晃汰「ん? もちろん」

紗奈「お婆さんに料理を教わりたいんですが」

晃汰「料理? 言えば教えてくれると思うよ。それじゃ、台所へ行こうか」

紗奈「はい。晃汰くんのおうちの味を頑張って覚えますね」

晃汰「紗奈、そういう恥ずかしいこと言うの、禁止、じゃないの?」(苦笑してから)

紗奈「恥ずかしくありません。当然のことです」

晃汰「僕が言ってるのも、当然のことを言ってるだけなんだけどなぁ……」

SE:足音

ナレ:晃汰は苦笑いを浮かべながら、部屋を後にした。
台所では、しのが慣れた手つきで夕飯の準備をしていた。

SE:包丁や鍋の音

しの「おや、どうしたんだい?」

晃汰「紗奈が婆ちゃんに料理を教えてほしいみたいなんだけど、いいかな?」

しの「おやおや、こんなばばあの料理でいいんなら、いくらでも教えてあげますよ」

紗奈「ありがとうございます!」

SE:トタトタ(紗奈、祖母のそばへ移動)

しの「今日は晃汰の好きなから揚げを作ろうと思ってねぇ。
少し味付けの濃い方が、あの子は好きなの。
だから、にんにくを多めにして、少し長めに漬け込んで……」

紗奈「ふんふん」

晃汰「あー、えっと、僕は居間にいるね……」(気恥ずかしく)

紗奈「あ、はい」

SE:足音

ナレ:祖母から料理を教わる紗奈を見て、晃汰は無性に気恥ずかしくなり、居間へと移った。
縁側にいた清次が晃汰に気付くと、彼は煙草を灰皿に押し付け、腰を上げた。

清次「晃汰、ちょっとそこに座って待ってろ」

晃汰「ん? うん」

SE:ゴソゴソ……

ナレ:清次は押し入れのふすまを開けると、中から寸胴の大きな瓶を取り出した。
その中には、大きな青梅あおうめがごろごろと、琥珀色の液体の中に漬けこまれている。

清次「お前が東京へ行った時に漬けた梅酒だ。四年もすれば呑み頃だろう」

晃汰「三年だよ、爺ちゃん」

清次「ん、そうか。まあ、あまり気にするな。三年も四年も、爺になるとそうかわらん。
紗奈さんといったか、あの子は酒は飲めるのか?」

晃汰「少しなら大丈夫だと思うけど」

清次「そうか。後で皆で呑もう。
こいつは特別な酒だからな。
まずは、儂等で味見だ」

SE:ゴトリ(梅酒をちゃぶ台の上に置く)
SE:足音。清次台所へ

清次「おーい、婆さん、あのグラスどこやった」

しの「右側の棚の二段目ですよ」

清次「ん」

ナレ:清次は氷の入った四つのグラスを盆にのせ、戻ってきた。

晃汰「紗奈と婆ちゃんは後じゃないの?」

清次「後だとも」

SE:トクトク……(梅酒を注ぐ)
SE:コト、コト(グラスを置く)

清次「これは、光二こうじと晶あきらさんの分だ」(名前を言うときに置く感じ)

ナレ:梅酒の入ったグラスを、生前、晃汰の父、桐崎光二が座っていた場所へと置く。
寄り添うように、母、晶の分のグラスも置かれた。

清次「ほれ、晃汰」(グラスを渡す)

晃汰「うん」

SE:トクトク(清次の分を注ぐ)

清次「光二の時は、あいつが高校を卒業した時に漬けてな、二十歳の誕生日の時に開けたんだ。
んく……、ん、いい塩梅だ。
あの野郎、俺も子供ができたら、同じことをするんだって息巻いてたくせに逝っちまいやがって……」

晃汰「そう、だったんだ……」

清次「だからまあ、なんだ。仲間外れにするわけにもいかないだろう。
あいつも晶さんも、お前が生まれた時から、一緒に呑む日のことを楽しみにしていたからな。
さあ、呑んでみろ、うまいぞ」

晃汰「いただきます。んく……、ん、うまい」(少し涙目になる)

清次「はは、やっぱり親子だな。光二も泣きながらうまいって言っていた。
光二、晶さん、ありがとうな。孫とも飲める日が来るなんて、儂は幸せ者だ」

SE:チン、チン……(光二、昌のグラスと合わせる)

清次「んくんく、っはぁ、うまいなぁ。こんなにうまい酒は久しぶりだ」

晃汰「父さん、母さん、一緒に飲もう。おいしいから」

SE:チン、チン……

清次「……晃汰、光二と晶さんのこと、覚えているか?」

晃汰「うっすら、だけど」

清次「そうか。二人ともな、お前のことを本当に大切にしていた。愛していた。
見ているこっちの方が恥ずかしくなるくらいな。
ああいうのを親馬鹿っていうんだ」

晃汰「そんなに?」

清次「あぁ、儂は、あの自動車事故でお前が助かったのは、二人のおかげだと思っている。
そう思ってしまうほど、あの事故はひどかった。お前が助かったと聞いて、儂は奇跡だと思った」

晃汰「今まで事故のこと詳しく聞いてこなかったけど、聞いていい、かな?」

清次「……、あー……、すまんな、まだ儂も心の整理がついてないんだ」

晃汰「そっ、か。いつか、整理がついた時には教えてくれる?」

清次「ああ、そん時は全部教えてやる。だから、もう少し待っていてくれるか」

晃汰「うん……」

清次「しめっぽくなっちまったな。悪い悪い。
さあ、光二と晶さんにいいところを見せてやれ」

晃汰「……うん。んくんく、っはぁ。爺ちゃん、もう一杯」

清次「ああ、好きなだけ呑め。光二も晶さんも、付き合ってくれる」

SE:足音

しの「さあさ、お酒だけでは体に悪いですよ。料理もたんと召し上がってくださいね」

清次「おぉ、今日は豪勢だな」

SE:晃汰の隣に紗奈が座る

紗奈「とっても素敵ですね……」

晃汰「くす、紗奈も一緒に呑もう」(照れ笑い)

紗奈「はい、喜んで」

SE:晃汰、紗奈、しののガヤ

清次「光二、晶さん、晃汰が恋人を連れてきたぞ。
はは、見てみろ、あのにやけたツラ。光二にそっくりだ。
……本当に、紗奈さんのことが好きなんだな……」

SE:カラン(光二のグラスの中で氷がなる

ナレ:晃汰は久しぶりに食べる祖母の手料理に舌鼓を打ちながら、梅酒を呑み続けた。
祖父と祖母、今は亡き父と母、そして、愛する恋人とともに。
それは、彼にとってとても幸せな時間だった。

SE:虫、蛙の鳴き声

晃汰「ん、んんぅ……」(寝息)

 

SE:鳴き声フェードアウト
SE:ジングルベル、フェードイン

ナレ:夜の音ねが次第に遠のいていき、よみがえるは陽気なジングルベル。
彼の日かのひの記憶が暗闇の中によみがえっていく。

晃汰(――雪が降っている。紗奈の好きな白い雪が)

ナレ:街はイルミネーションに彩られ、道行く人々の表情は皆一様に明るい。
晃汰は、自分が夢を見ているのだと気づいた。

紗奈「晃汰くん、見てください、ホワイトクリスマスですよ」

ナレ:彼の隣には、ファーのついた真っ白のコートを着た紗奈が、嬉しそうにはしゃいでいる。

晃汰(あぁ、これは去年のクリスマスだ……。
あの日、僕たちは街で一番大きいクリスマスツリーを見に行こうと、約束していたんだ……)

紗奈「晃汰くん?」

晃汰「あ、ああ、そうだね、ホワイトクリスマスとか、珍しいよね」(てんぱり気味)

紗奈「ロマンティックですね」

晃汰「そう、だね」

晃汰(この時の僕は、デートを楽しむ余裕なんてなくて、ポケットに入っているプレゼントを紗奈にどうやって渡そうかとばかり、考えていたんだっけ)

ナレ:お揃いのシルバーリングは、リングケースの中、渡される瞬間を今か今かと待ち続けていた。
晃汰はポケットに入っているリングケースを何度もさすり、はやる気持ちを落ち着かせる。

晃汰「さ、紗奈は本当に雪とか雲とか、白いものが好きだよね」

紗奈「はい、ウェディングドレスや白無垢って純白じゃないですか」

晃汰「え、それって……」

紗奈「ふふ、子供の頃からの私の夢なんです。
いつか、晃汰君が叶えてくださいね」

晃汰「っ」

ナレ:そう言って悪戯っぽく微笑む紗奈の姿に、晃汰の胸は高鳴った。

SE:キキィー!!!(車のスリップ音
SE:悲鳴
SE:ザザッ(一瞬のノイズ。記憶の捏造表現として

晃汰(あぁ、そうだ。あの時、近くで事故が起きたんだ)

紗奈「事故、みたいですね。車がスリップしたんでしょうか」

晃汰「この雪だからね。大丈夫かな……」

紗奈「ん……」(心配げ

晃汰「っ、紗奈、行こう。ここにいると邪魔になるかもしれないしさ」

SE:手をつなぐ

紗奈「あ、はい。晃汰君の手、大きいですね」(気を持ち直す)

晃汰「紗奈の手が小さいだけだと思うよ?」

紗奈「ふふふ、温かいです」

晃汰(事故現場から離れるように、僕たちはクリスマスツリーの元へと向かった。
冷たいとは自分でも思うが、この時の僕にとっては、他人の事故よりも紗奈とのデートの方が大切だった)

SE:ガヤ(クリスマスツリーの周り)
SE:足音止まる

紗奈「うわぁ……、綺麗……」

晃汰「これは、本当に大きいね」

紗奈「ふふふ、晃汰くんと一緒に見られて、幸せです」

晃汰「ぁ……」

晃汰(そう、この時の紗奈の笑顔が本当に綺麗で、幸せそうで、僕の中の、緊張や不安がふわっと消えたのを覚えている。
そして、僕は紗奈に、指輪を渡し、結ばれたんだ――)

紗奈「私、晃汰くんに出会えて本当によかったです……」(幸せそうに)

晃汰(僕も紗奈に出会えてよかったよ)

紗奈「嬉しいです……。もう、怖いものなんてありません……。
愛してます、晃汰くん……」

晃汰(僕も、愛しているよ、紗奈)

晃汰(幸せだった。いつ死んでも構わないと思うほど、嬉しかった。
なのに、それなのにどうして、僕の心は今こんなにもざわつくのだろう。
目覚めの時が近いのか、急激に世界が白く染まっていく。紗奈の姿も。
――あぁ、だから、白は嫌いなんだ。紗奈を連れて行ってしまうから)

 

​つづく

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