(この台本はツイキャスでリスナーの方からシナリオの要素を募集して書かれたものです)
使用要素:洋画チック、年の差、背中合わせの会話、タバコ
登場人物
配役(1:1:0)
ブラック:男
キャプテンブラックを愛煙しているこぎれいなホームレスの中年。
優しい声と語り口が特徴的。とある理由で宿に困ったことはない。
ジュリア:女
青い瞳にブロンドの長い髪をもつキャリアウーマン。
職場の上司と不倫関係を持っていた。
配役
ブラック:
ジュリア:
煙草とバニラとコーヒーと
・深夜、人気の少ないダイナーの一角にて
ジュリア「……畜生……、なにが『愛してる』よ、なにが『本当に大切なのは君だけだ』よ、くそったれ……」
ブラック「あー、お嬢さん? なにか悲しいことでもあったのかい?」
ジュリア「っ!? 後ろから急に話しかけてこないでよ!」
ブラック「あぁ、いや、失礼。つい、後ろから君の泣いている声が聞こえてね。
もし、よければ何があったか私に話してみないかい?
少しは楽になるかもしれない」
ジュリア「……ナンパのつもり?」
ブラック「そんなつもりはないよ。
ナンパならコーヒーを片手に遠慮なしに君の席へ移動しているだろう?」
ジュリア「……そうね」
ブラック「だから、これはただのお節介さ。
後ろで泣いている女性をほうっておけなかった一人のおじさんのね。
顔を突き合わさないで、背中合わせの方が話せることもあるんじゃないかと、そう思ったんだよ」
ジュリア「……」
ブラック「だから、もしも、君さえよければ何があったか話してみないかい?
もうコーヒーは冷めてしまっただろうし、温かいココアでもご馳走するよ」
ジュリア「……、わかった。でも、ココアはいいわ。コーヒーにして」
ブラック「甘いのはお嫌いかな?」
ジュリア「……今、甘くて温かいのを飲んだら、また泣いちゃいそうだから」
ブラック「泣いてしまった方が楽になることもあるがね」
ジュリア「胸も貸してくれないおじさんがそういうこと言わない方がいいと思うわ」
ブラック「ははは、それもそうだ。あー、すまない、ホットコーヒーを後ろのお嬢さんへ」
ジュリア「……あたたかい。けれど、苦い……。今の私にはこのくらいがちょうどいいわ」
ブラック「少し落ち着いたようだね」
ジュリア「そうね。少しだけれど」
ブラック「少しでも構わないさ。君の涙が止まってくれたのなら」
ジュリア「キザな人」
ブラック「君の前なら言えないセリフだろうね。背中合わせだから言えるセリフさ」
ジュリア「背中合わせだから言える、ね……。確かにそうかも……。なら、私もいいかしら?」
ブラック「もちろん。それで少しでも君が楽になるのなら」
ジュリア「……私の名前は」
ブラック「おっと、名前は言わないでおこう。
君の名前を知ってしまったら、他人ではなくなってしまう。
君も顔も名前も知らない赤の他人に話す方が気が楽だろう?」
ジュリア「……そうね、ありがとう。
それじゃ、名前は言わないでおくわ。
えっと、どこから話せばいいかしら……」
ブラック「君を愛していたというくそったれのことなんかどうだい?」
ジュリア「ぷっ、ふふふ、そうね。あのくそったれの嘘つき野郎のことから話すわね。
彼の名前はダニエル、私の職場の上司よ。
もう気付いているだろうけど、私たちは付き合っていたわ。
つい一時間前までね」
ブラック「なるほど、社内恋愛というものだね」
ジュリア「少し違うわね。社内不倫の方が正しいわ」
ブラック「……なるほど」
ジュリア「びっくりした?」
ブラック「少しね」
ジュリア「最初はほんの遊びのつもりだったの。
今まで同世代の人としか付き合ったことなかったから、年上の人ってどんなだろうって。
そうしたら、どっぷり。
大人の余裕っていうのかしら。それまで恋人に甘えるのが苦手だった私が、彼の前ではただの子供みたいに甘えて。
それがとても居心地がよくて、そのままずるずると関係は続いたわ」
ブラック「いけないと分かっていたのに?」
ジュリア「意地悪な質問をするのね。
えぇ、分かっていたわ。彼には美人な奥さんも可愛い子供もいたもの」
ブラック「会ったことが?」
ジュリア「えぇ、ホームパーティーに招待されてその時に。
なのに、やめることが出来なかった。
まるでドラッグみたいに」
ブラック「ある意味、ドラッグよりもタチが悪かっただろうね」
ジュリア「そうかもしれないわね。
私、ホームパーティーで彼の奥さんと会った時、今までに感じたことのない興奮を感じたの。
『あなたの旦那さんは今、私の体に夢中よ』って心の中で勝ち誇ったりして」
ブラック「いけない子だ。本当にそんな関係がうまくいくと思ったのかい?」
ジュリア「私の友達もそんな関係うまくいくわけないって言ってたわ。
早くそんなことやめなさい、どうせ体目当てなのよって注意もしてくれたわ。
でもね、私はそんなことないって、友達の言葉に耳を貸さなかった。
彼の『本当に大切なのは君だけだ』っていう言葉だけを信じて……」
ブラック「苦い真実よりも、甘い言葉を選んだんだね」
ジュリア「そう。コーヒーよりもココアをその時の私は選んだの。
でも、結果として友達の言葉は正しかった。
彼は本当に、私の体だけが目当てだった。
ちょっと前にシーラっていう子がうちの職場にきたんだけど、
彼はその日のうちに彼女を口説いて、三日後にはディナーに誘ってた。
おじさんでも、ディナーに誘う意味くらいわかるわよね?」
ブラック「その後もセットってことかな? それにしても、どうして君がそれを?」
ジュリア「そんなのとっても簡単なことよ。
私がホームパーティーで彼の奥さんへ送った視線を、その翌日にシーラに向けられたんだもの」
ブラック「『あなたのいい人は今、私の体に夢中よ』って?」
ジュリア「……そう。そして、私は彼に詰め寄った。
『私とは遊びだったの?』って。
まさか、私がそんなベタな恋愛映画みたいなセリフを言う羽目になるとは思わなかったわ。
でもね、もっと面白いのは返ってきた彼のセリフよ。
『君も遊びのつもりだったろう?』って。『まさか、本気になんかなっちゃいないよね?』って」
ブラック「……」
ジュリア「そりゃ最初は遊びのつもりだったわよ。
だけど、あんなに優しくされたことなんて今まで一度もなかったの。
あんな風に甘えられたことなんかなかったのよ。
勘違いしちゃうじゃない。本当に私のことが好きなのかもって、愛してるのかもって!」
ブラック「それで一時間前に別れてきたんだね」
ジュリア「そうよ、最後に一発ぶんなぐってね……」
ブラック「……、煙草を吸ってもいいかな?」
ジュリア「どうぞ。私にもちょうだい」
ブラック「キャプテンブラックで構わないかい?」
ジュリア「なんでもいいわ。煙草の味なんてわかんないから」
ブラック「……なら、吸わない方がいい」
ジュリア「別にいいじゃない」
ブラック「不味い煙草を吸うよりも、煙草の香りを味わう方が今の君には合ってるよ」
ジュリア「どういう意味よ」
SE:キンッ(zippoの音
ブラック「……ふぅ、この煙草はバニラの香りが強くてね。
知っているかい? バニラの香りは怒りや悲しみ、そんなマイナスの感情を和らげてくれる。
今の君にぴったりだろう?」
ジュリア「っ、本当……、煙草の香りとバニラの甘い香り……」
ブラック「さあ、まだ温かいうちにコーヒーを一口飲んでごらん」
ジュリア「……、っはぁ……。さっきまで苦いだけだったのに……。……おいしい」
ブラック「私はこの煙草をくゆらせながら、コーヒーを飲むのが好きでね。
すごく幸せな気持ちになれるんだ。
君にも私の気持ちを少し感じてほしくてね」
ジュリア「……ねえ、そちらのテーブルに移ってもいいかしら?」
ブラック「おや? こんなおじさんをナンパでもするつもりかい?」
ジュリア「えぇ、そうよ。お節介でキザで、煙草とバニラの香りがするあなたを」
ブラック「……、いや、今夜はよしておこう。
今の君は別れたばかりで、ただのお節介を優しさと勘違いしているだけだ」
ジュリア「っ、そんなこと」
ブラック「明日……、明日も私はここへコーヒーを飲みに来るよ。
そうだね、0時ごろにしようか。
もしも、君が一晩たっても、私をナンパするつもりなら、
その時は甘くて温かいココアをご馳走するよ」
ジュリア「ナンパされるほうがご馳走するの?」
ブラック「いつだって私はご馳走する方なのさ」
ジュリア「明日なら、胸も貸してくれる?」
ブラック「君が私を見て、がっかりしなければね」
ジュリア「くす、本当に変な人」
ブラック「さて、そろそろ私は帰るとしよう。
すまないが、ドアベルが鳴るまで目をつむっていてくれないかい?」
ジュリア「楽しみは明日までとっておきなさいってことね。わかったわ」
ブラック「ありがとう」
SE:キンッ(zippoの音
SE:ギシ(男が立ち上がる音
SE:コツコツ(靴音
SE:ガシャン(レジの音
SE:カランカラン
ジュリア(ドアベルの音が聞こえてから目を開けると、
さっきまで空っぽだった灰皿に、1本の火をつけたばかりの煙草が置かれていた。
彼の今夜最後のお節介なのだろう。
私はそのバニラの香りがする煙草の火が消えるまで、ゆっくりと残りのコーヒーを味わった。
ほんの少しだけ彼の言っていた幸せな気持ちにひたりながら)
SE:コツコツ(靴音
SE:トゥルルル……(携帯の着信
ブラック「ん、こんな時間に電話か。
ハロー。おや、シーラじゃないか。久しぶりだね。
新しい職場には慣れたかい?
ん? 悩みがある? うん、上司と不倫関係に……。
あー、それは構わないが、私は君の話を聞くことくらいしかできないよ?
それでもいいのかい?
わかった、それじゃあ、今から君の部屋にお邪魔しに行くよ」
SE:プツ
ブラック「ミランダにジュリア、お次はシーラか……。
ダニエル、女性を幸せにできない君には少し、お灸をすえる必要があるようだね……」
SE:トゥルルル……(携帯をかける音)
ブラック「ハロー、ミランダ。こんな時間にすまないね。君の声が聞きたくて。
おや、私からの電話を待っていたのかい。嬉しいことを言ってくれるね。
アリスは元気かい? そうか、それはよかった。
それで以前にダニエルと別れたいって言っていたよね?
今度、それについて君と話したいんだ。
……おいおい、私ももう若くないんだ。そう何度もできないよ。一回で許してくれないかい?
うん、アリスにも伝えておいておくれ。今度、パパが会いに行くよって。
それじゃ、また今度。おやすみ……」
おわり