登場人物
海(かい)
卒業を控えた高校三年生。元生徒会長であったため、卒業生代表として答辞を話すことになっている。
成績は優秀で卒業後はアメリカに留学することになっている。ややおとなしめ。
雪(ゆき)
海と同じく卒業を控えた高校三年生。三年前の入学式で新入生代表を務めた。
成績は優秀で卒業後は東京の大学へといくことになっている。感情の表現が大きい。
※二人とも大人になろうと背伸びしている青臭い感じでお願いします。
≪≫内は台詞ではなく、シチュエーションになります。
今回は、ナレがないので、やむを得ず利用しました。
ネタバレを含む説明
『クリスマスに卒業式で別れることを決めた二人は、あくまでその日まで平静を装うと決めています。
ですので、どれだけ苦しく、悲しくとも、それを懸命に表に出さないようにしているので、ご注意ください。
雪の最後に泣くところは思い切り、子供のように泣いちゃってください。』
配役
海:
雪:
卒業
≪語り≫
海:僕たちは、ゆっくりと大人になっていく。
雪:時間は止まることなく、残酷に、時に優しく、私たちの背を押してくる。
海:3年間の高校生活。これからの人生を思えば、たった3年という短い時間。
雪:でも、その3年が、私たちを大人へと成長させてくれた。
海:胸が満たされるような喜びと。
雪:胸が締め付けられるような悲しみで。
海:卒業
海「失礼しました」
海:卒業生代表として答辞とうじを話すことになっている僕は、職員室を後にした。
一度、答辞の文章を確認してもらうため、学年主任の先生に見せに来たのだ。
とはいえ、無難ぶなんなことしか書いていないそれは先生の苦笑いと共に、なんの修正もなく返された。
職員室を出ると、寒い廊下で雪が壁に背を預けながら、僕を待っていた。
雪「お疲れ様、海くん」
海「お待たせ、雪」
雪「先生何か言ってた?」
海「いや、何も言われなかったよ。苦笑いされたけど」
雪「あぁ、なんとなくわかるかも……」
海「いったい、僕に何を期待しているんだか」
雪「あはは。今日はこれからどうする?」
海「そうだねぇ、今から図書室に行っても、場所なんて空いてないだろうし、帰ろうか」
雪「そうだね。っしょっと」
海:雪はもたれかかっていた壁から離れると、いつもの定位置である僕の隣へとやってきた。
すると、なにやら嬉しそうに目を細めて僕を見ている。
雪「それにしても海くんが卒業生代表かぁ」
海「何か言いたいことでも?」
雪「えへへ、彼女として鼻が高い、かな」
海「別に特別なことじゃないよ。『新入生代表』さん」
雪「あー、なんかそう言われると、あれからもう三年経つのかぁって思うね」
海:三年前の入学式。
新入生代表として、凛々りりしく壇上だんじょうで話していた雪の姿がよみがえる。
雪「あ、海くん、今、思い出してるでしょ?」
海「あの頃の雪は初々しかったなぁ」
雪「なにそれ。今は初々しくないっていうの?」
海「初々しいというより、図々しいかな?」
雪「へぇ、そういうこと言うんだぁ……」(少し低めに)
海:雪のその言葉に、僕はすぐにやってしまったと後悔した。
何も考えないで口に出してしまうのは、僕の悪い癖だ。
雪「海くん、減点10」
海「いったい何が減点されたんだろう……」
雪「恋人ポイント?」
海「ちなみに、減点されて、今何点なの?」
雪「10点」
海「……あぁ、そう」
雪「あ、今、低いなぁって思ったでしょ」
海「まあ、そうだね」
雪「ふっふっふ、そんな海くんにお得な情報が。今から二本桜に私と行ってくれるとポイントアップ、かも?」
海「校舎裏の? 急にどうしたの?」
雪「なんかいろいろ思い出しちゃったからさ。
それで、どうする? 一緒に行ってくれる?」
海「はいはい、ポイントアップのためだからね」
雪「えへへ」
海:雪の表情はくるくると変わる。付き合う前から彼女のそんなところが好きだった。
自分の感情全てを恥ずかしげもなく、さらけだすところが。
≪校舎裏、二本桜前にて≫
雪:私たちの高校には、二本桜と呼ばれる寄り添うように並んでいる二本の桜がある。
そして、二本桜の下で告白して結ばれると、永遠に幸せになれるなんていう安っぽい伝説もあったりする。
ちなみに、二年前に海くんに告白された大切な場所でもある。
海「うぅ、寒っ!雪、早く帰ろう。今頃、コタツが僕のことを待っていると思うんだ」
雪「全然寒くないよ。むしろ、ちょうどいいくらいじゃない?」
海「それは雪が寒いの大丈夫だからでしょ。僕は寒いの苦手なんだから。
ほんと名前通り、冬の子だよね」
雪「そういう海くんは夏の子でしょ。めちゃくちゃ暑くても冷房使わないし」
海「冷房使うほど暑くないし、体に悪いじゃないか。
というか、早く帰ろうよ。蕾(つぼみ)すらつけてない二本桜見ても、何も楽しくないでしょ」
雪「いやいや、蕾すらつけていない冬の桜というのも、またオツなものが」
海「ないから。全然ないから。寒いだけだから」
雪「もう、しょうがないなぁ。それじゃあ、海くんが温まるようなことしてあげるよ」
海「僕が温まるようなこと?」
雪「えーと、た・し・か……。
『始業式で新入生代表として話す雪さんのことを見てから、僕は……』」
海「ちょ、ちょっとっ! なに急に恥ずかしいこと言いだすのっ!?」
雪:海くんが私に告白してくれた時の大切な、ちょっと恥ずかしい言葉たち。
もちろん、今でも全部記憶している。それほど私にとってすごく嬉しかった。
海「あぁ、もう、なんでそんなこというのさ?」
雪「え? ほら、海くん、恥ずかしがると体温上がるし」
海「いや、確かにそうだけど。そういう時は、ほら、手を繋ぐとか、いろいろあるんじゃないかな」
雪「……、海くんって乙女だよね」
海「何その冷たい視線。うわぁ、ないわぁみたいな感じで見ないでよ」
雪「いや、だってないでしょ。そういう『約束』なんだから」
海「なっ、あ、ぐっ……」
雪:約束という言葉を聞いて、みるみる海くんの様子が落ち込んでいく。
その姿を見て、落ち込んでしまいそうになる自分を奮ふるい立たせる。
海「確かにそうだけど……。それは雪が……」
雪「私には夢があるの。海くんにもあるんでしょ?」
海「……ある」
雪「だから、これはしょうがないことなの」
海「でも」
雪「でも、なんてないよ。私も海くんも夢をかなえるために頑張ってるし、今まで頑張ってきた。
それを無駄にすることなんて出来ないし、してほしくない。そうでしょう?」
海「……」
雪「そういう顔しないでよ。泣きそうになるでしょ?」
海「雪、やっぱり」
雪「だめ」
海「雪……」
雪「もう約束したでしょう? ほら、なんだっけ? 『雪の夢が叶うことが僕の……』」
海「言わなくていい、言わなくていいからっ!!」(恥ずかしがっているわけではなく、聞きたくない)
雪「ふふふ、顔、真っ赤」
海「雪のせいでしょ」
雪「そうだね、私のせいだね」
海「……、それで恋人ポイントはあがったのかな?」
雪「ううん、減点5だよ」
雪:海くんはこの結末を私のせいとは決して言わない。
きっと、海くんは海くんで自分のせいだと思っているんだろう。
お互い勉強は出来るのに、私たちのこういうところは馬鹿だと思う。
だから、好きになったのかもしれない。
≪語り≫
海:僕たちには大切な夢があった。
雪:大好きな恋人よりも、大切な夢が。
海:だから、去年のクリスマスに僕たちは約束を交わした。
雪:泣きながら過ごしたあの夜が、私たちの恋人として最後の夜だった。
海:もうすぐ卒業する。
雪:あなたから。
海:君から。
≪卒業式後、二本桜前にて≫
雪「卒業式なのに、二本桜は咲いてないね」
海「そりゃ、これだけ寒ければしょうがないよ」
雪「まあ、二本桜とは違って、私たちはお互い『サクラサク』だったからいいんだけどね」
海「そのための約束、でしょ」
雪「そうだね。海くんは来月にはアメリカ?」
海「来月っていうか、来週だね」
雪「そっか……」
海「雪は?」
雪「私は来月に東京」
海「そっか……」
雪「……ねえ、海くん」
海「ん?」
雪「ちょっと乙女っぽいこと言っていいかな?」
海「どうぞ」
雪「あの、さ……、第二ボタン、ください……」
海「……うん、僕も雪に貰ってほしい」
≪海、第二ボタンをちぎり、雪に渡す≫
雪「……ありがと。大切にする」
海「そういってすぐになくすんでしょ?」
雪「そ、そんなことないってば」
海「あはは」
雪「……」
海「……」
雪「海くん……」
海「なに?」
雪「今日は、『寒い』ね……」
海「っ。……これならどうかな?」
≪雪を後ろから抱き締める海≫
雪「あたたかい……」
海「約束、破っちゃったね」
雪「寒いからしょうがないよ……」
海「そっか。寒いもんね」
雪「……っ、海、くん……」≪泣きそうになるが、普通を装うとしている≫
海「雪……」
雪「大好き……、海くんのこと、本当に好きだよ……」
海「僕も、雪が好きだよ。大好きだ……」
雪「……海くん……、好き……」
海「本当に、今日は寒いね……」
≪10分ほどして、雪が落ち着く≫
≪あくまで普段通りにしようとする二人≫
雪「……海くんのせいだからね」
海「え? なんで?」
雪「泣かないようにって決めてたのに、抱きしめるんだもん。卑怯だ」
海「えー……」
雪「これは減点だね」
海「そっか、減点か……」
雪「うん、恋人ポイント、減点5だよ」
海「じゃあ、これで……」
雪「0点だね」
海「……」
雪「残念ながら、海くんは恋人失格です」≪海に背を向ける≫
海「雪……」
雪「日本から応援してるからね、海くん……」
海「雪っ」
雪「……ばいばい」≪呟くように≫
海:雪が僕に背を向けて歩いていく。
振り返ることなく、その背中が小さくなっていく。
雪:決して振り返るまいと決めていた。
こんな泣き顔、海くんに見てほしくない。
海:溢れてくる涙でぼやけた視界の中、
遠ざかっていく彼女の後ろ姿は、僕が好きになったあの日の彼女を思わせた。
僕はそんな彼女に一言も声をかけることが出来ず、ただ、泣きながら見つめることしか出来なかった。
雪:両手を痛いほどに強く握りしめて、涙をぽろぽろとこぼしながら、
私は三年間通い続けた高校を後にした。
私は卒業するんだ。高校から、子供から、あの人から。
そう言い聞かせても、溢れる涙は止まることなく、流れ続けた。
≪語り≫
海:僕たちは、ゆっくりと大人になっていった。
雪:時間は止まることなく、残酷に、時に優しく、私たちの背を押してくれた。
海:3年間の高校生活。あれからの人生を思えば、たった3年という短い時間。
雪:でも、その3年が、私たちを大人へと成長させてくれた。
海:胸が満たされるような喜びと。
雪:胸が締め付けられるような悲しみで。
≪10年後。テレビに出演している海を見る雪≫
≪アナウンサーにインタビューを受けている海≫
海「今回はこのような栄はえある賞をいただき、誠にありがとうございます」
雪:あれから10年の月日が流れた。
私は大学を卒業して、弁護士として忙せわしない毎日を送っている。
そんな私には、もちろん恋人などできるはずもなく、仕事が恋人といった悲しい女の一人になっていた。
海「確かにこの技術は、人類にとって大きな一歩になると私自身も思います。
次は、その一歩を一体どこへ向けるかというのが新しい問題ですね」
雪:10年ぶりに海くんを見た。
彼はアメリカの大学を卒業した後、有名な研究所の職員をしていたらしい。
テレビ越しに見る海くんは、大人の男性になっていた。
なぜか、それが少し悲しかった。
海「いえ、それは私のような若輩者じゃくはいものが言うことではありませんよ」
雪:今も、私のデスクの上には彼から貰った第二ボタンが転がっている。
時折ときおり、握り締めて泣いたこともあった。
夢を叶えたはずなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろうと。
海「そうですね、来月に一度日本へ戻ろうと思います。
ようやくまとまった休暇が取れそうなので」
雪「っ」
海「えぇ、両親も喜んでくれると思います。
それともう一つ、大きな心残りが日本にありますので」
雪:その瞬間、心臓が大きく跳ねた。
そんなはずはない、もう10年も経っている。
有り得ないと思いつつも、私は彼の言葉を待った。
その時、浅ましくも気づいてしまった。彼の左手に指輪のないことを。
海「あまり詳しくは言えませんが、僕はどうやら卒業できなかったようなので」
雪「海……くん……?」
海「え? 両親に一言、ですか? そうですね、それじゃあ一言だけ――」
雪:その時、彼の周りの堅苦しい空気が緩んだように見えた。
そして、高校の時と変わらない優しげな眼差しがテレビ越しに向けられた。
海「会いに行くよ……。『 』」
雪:短い一言の後、無音の名を彼のくちびるが紡いだのが分かった。
その瞬間、私は大人ではなくなった。
雪「うぅぅっ……、うっうぅ、ぐすっ、うわああぁっぁぁぁぁぁぁぁん」≪子供のように声を上げて泣く≫
雪:堪こらえることなど出来なかった。
10年前から、高校の卒業式のあの日から、耐え続けてきた何かが涙となって溢れかえった。
ただただ、テレビの前で子供のように声をあげて泣き続けることしかできない。
何百、何千と彼に呼ばれ続けてきたからこそ分かる。
無音の名が――。
海『会いに行くよ、雪』
雪「あぁぁ、ぁぁ、ひっくひっく……、海っ、海くん……、うあぁぁぁぁっっ」
雪:私たちは卒業など出来てはいなかった。
10年前に泣きながら抑え込んだ恋心は、幼いまま、ずっと胸の奥に大切にしまわれていただけだった。
あの時の私たちは、必死に大人になろうと無理に背伸びをしていただけだったんだと、今なら分かる。
10年経っても私を泣かせるなんて。本当に、本当に海くんは、卑怯だ。
≪語り≫
海:僕たちは、ゆっくりと大人になっていく。
雪:時間は止まることなく、残酷に、時に優しく、私たちの背を押してくれる。
海:10年間の離れ離れだった日々。これからの人生を思えば、たった10年という短い時間。
雪:でも、その10年が、私たちを大人へと成長させてくれた。
海:胸が締め付けられるような悲しみと。
雪:胸が満たされるような喜びと。
海:胸が切なくなるような恋心で。
≪成長した二人が再会した際の一言≫
雪「海くん、久しぶり……」
海「久しぶり、雪……」
おわり